世界初のDMV(デュアル・モード・ビークル)による運行が再び延期された。阿佐海岸鉄道は7月に予定していた営業運行開始を変更し、年内運行開始とした。理由は鉄道モード前輪の可動部「車輪アーム」の溶接箇所について、JIS規格の許容限度を超えた応力が発生したため。わかりやすく言えば「耐久性不足」だ。今後、補強等を施し、試験で再度確認するという。延期は残念だが、見過ごして亀裂、破損ともなれば事故につながる。事前に発見できて良かった。
DMVはバスモードのタイヤと鉄道モードの車輪の両方を装備している。「車輪アーム」は、DMVの鉄道モードの前輪を支える部品だ。バスモードでは前輪を持ち上げて保持し、鉄道モードでは前輪を降ろす。同時に車体を持ち上げて、フロントタイヤを浮かせる。「車輪アーム」はDMVのエンジン部分を含む重量を支えている。その上で、レールからの応力を受ける。たとえば曲線区間では横方向に遠心力を受けるし、レールの継ぎ目を通過するときも断続的に大きな力が発生する。
鉄道車両の台車の強度は、国家規格であるJIS(日本産業規格)の「JIS E 4207 鉄道車両 台車 台車枠設計通則」で計算方法と許容応力を定めており、DMVの「車輪アーム」については、「平均応力が164N/mm2である場合の変動応力:75N/mm2以下」を超えた変動応力「116N/mm2」が測定された。
簡単に言うと、許容される変動応力は事例ごとに異なるが、DMVの前輪アーム溶接部については許容限度を超えていた。この状態で運行し続けた場合、予想外の時期、たとえば定期検査で合格し、次の定期検査で発覚する前に亀裂が発生する。最悪の場合、溶接部が破損し、車体を支えられなくなって線路を逸脱、さらには転覆するおそれがある。
「阿佐東線DMV導入協議会」は、対応策として「専門家の指導を受け、車輪アームの補強等を実施」「再度走行試験を実施し、発生する応力が疲労限度内であることを確認」するという。その結果を国土交通省の「デュアル・モード・ビークル(DMV)に関する技術評価検討会」に報告し、了承を得る。
「補強等」についてはこれから検討していくと思われるが、溶接部に補強材を取り付けるか、アームを一体成形するか、アームを2本にして応力を分散させるかなどの選択肢があるだろう。手っ取り早い方法としては、補強材を取り付けて許容応力を高めるだろうけれども、一体成形したほうが強固になるはずだ。
■2020年夏から4度目の延期、年内開業の鍵は「技術評価検討会」の開催時期
阿佐海岸鉄道がDMVを導入する理由は、赤字の第三セクターである「阿佐海岸鉄道の運行コストを削減するため」「世界初の乗り物で観光集客するため」だった。その前提として、「阿佐海岸鉄道を維持するため」がある。
地域の交通手段としてコストを重視するなら、全線バス転換でもよかった。しかし、鉄道を残したい理由に、「南海トラフ地震など災害時の交通確保」という一面もある。沿線地域の国道は海岸沿いのため、津波などで不通になると集落が孤立する。阿佐海岸鉄道は「高架区間とトンネルを使った安全な交通ルート」であり、自治体に鉄道を死守する理由がある。
DMVはJR北海道で考案されたにもかかわらず、JR北海道では実用化できなかった。しかし、国は地方交通の担い手としてDMVの可能性を評価し、「デュアル・モード・ビークル(DMV)に関する技術評価委員会」を発足させ、全国のローカル鉄道などで実証実験を実施した。阿佐海岸鉄道でも2011年に実証実験を行っている。それらの結果として、国は2015年に「専用線区」「単車運行」の前提条件の下、耐久性、運転保安システムの課題を解決すればDMVは有効性があると結論づけた。
徳島県はすぐに動いた。2016年に「阿佐東線DMV導入協議会」を設立。その進捗を受けて、国も2020年に「デュアル・モード・ビークル(DMV)に関する技術評価検討会」を発足させた。いわば県と国の二人三脚で実用化に向けた検討を進めてきた。2017年の「第2回 阿佐東線DMV導入協議会」では、目標開業時期として「2020年東京オリンピック・パラリンピック開催まで」が設定された。しかし、駅の改良工事、安全面の検証などで具体的検討を重ねた結果、2019年に「2020年度開業」とし、オリンピック・パラリンピック後の開業スケジュールが確認された。
ところが、2020年1月に実施された国の「技術評価検討会」で試験項目を精査したところ、「誰もが経験したことがない事業」であることから、安全面の慎重な対応が求められた。さらにCOVID-19感染防止の影響で、試験や関係各所の調整会合が遅れた。2020年12月18日、国の「第2回技術評価検討会」でようやく試験項目が了承され、同年12月25日の「第7回 阿佐東線DMV導入協議会」で、2020年度内の運行開始を断念して2021年度の運行開始とし、1年延期されたオリンピック・パラリンピック時期の開業をめざすことになった。
そして2021年6月25日、国の「第3回技術評価検討会」が行われ、阿佐海岸鉄道から試験結果が報告された。運転保安システムに関する試験は5項目すべて「良」、車両の耐久性の検証については「鉄道モードで8,000km、自動車モードで4,930㎞走行後の分解調査において支障なし」となった。ただし、「走行安定性」「ブレーキ性能」など車両に関する試験で、15項目中14項目について「良」とする一方、1項目で問題が発覚した。これが前出の「車輪アーム」だった。
車体強度の試験項目、シャシー枠と車輪アームの発生応力の確認については、「第2回技術評価検討会」で阿佐海岸鉄道からは実施予定を報告されていない。おそらくこのときに、国の委員から試験の追加要請があったと思われる。この1点だけ逃したとなると、なんとも惜しい結果となった。しかし、安全面では重要な項目だ。おろそかにできない。
阿佐海岸鉄道は年内に営業開始と発表しているが、実際には改良が順調に進んだ上で、国土交通省が早期に「第4回技術評価検討会」を開催し、再試験結果を認定する必要がある。COVID-19によって、「第2回技術評価検討会」はほぼ1年間隔、第2回から第3回は半年間隔となった。第4回が延期されると、実現はさらに遠のく。年内開業に向けて、関係者の尽力に期待したい。
考えようによっては、7月に開業できたとしても、旅行需要の回復は不十分かもしれない。ワクチン接種が進んだ10月以降、インバウンド需要も回復した時期のほうが適切とも言える。DMVを見越した観光業界にとって、準備期間が増えたともいえるだろう。