北陸新幹線が金沢~福井~敦賀間で延伸された場合、大阪方面からの特急「サンダーバード」、名古屋・米原方面からの特急「しらさぎ」は敦賀駅止まりとなる。福井駅や鯖江駅などの利用者は敦賀駅で乗換えを強いられる。あと少しの距離で新幹線に乗り換えるくらいなら、乗換えなしで直通してほしいと思う利用者も少なくないだろう。
2015年の北陸新幹線金沢延伸開業でも、富山県から「金沢~富山間の特急を存続してほしい」との要望があった。しかし実現せず、北陸新幹線の金沢~富山間で「つるぎ」を設定し、特急「サンダーバード」「しらさぎ」と金沢駅で接続させた。
福井県はJR西日本に対し、北陸新幹線延伸後も在来線特急列車を並行在来線区間に直通してほしいと求めていた。これに対し、JR西日本は「前例がない」「北陸新幹線に乗ってくれるはずの客が並行在来線に乗ったままでは機会損失となる」として消極的だった。
福井県側も粘り強く交渉してきたが、福井県知事は在来線特急列車の直通を断念する方針を示した。理由は「合理的な選択肢とならない」からとしている。
■約束は「フリーゲージトレインで直通」だった
「直通は正義、乗換えは不便」、その通りだろう。だから北陸新幹線では当初、フリーゲージトレインの採用が検討されていた。大阪・名古屋方面から在来線を走り、敦賀駅で軌間を変更して北陸新幹線に乗り入れる。この方式であれば、福井県内の新幹線駅だけでなく、石川県内、富山県内の駅とも直通できる。
フリーゲージレインが糸魚川駅以遠の交流電化周波数切替に対応する車両だった場合、長野方面にも直通できたかもしれない。昼行列車では所要時間的にも無理があるものの、大阪発長野行の夜行新幹線の可能性も見えてくる。北陸新幹線金沢延伸の時点で、大阪駅の旅行センター等で長野方面のスキーツアーが紹介されるなどの事例もあったと聞く。
しかし、九州新幹線西九州ルートでも報じられた通り、フリーゲージトレインは最高速度260km/hで部品の消耗が激しく、交換頻度を上げる必要があった。線路に対する重量負担も大きいため、保守コストが見合わないとして開発が中止された。敦賀駅も設計を変更し、在来線特急ホームを北陸新幹線ホームの真下に設置して、上下移動だけで乗り換えられるようにした。これは北陸新幹線開業延期の理由のひとつになっている。
福井県側としては、もともと直通運転するはずだったフリーゲージトレインがダメなら、在来線特急列車を並行在来線に乗り入れさせ、いままで通りの直通運転を実施してほしい。当然のことで、とくに鯖江駅の要望が強い。いままで特急停車駅でありながら、新幹線の駅ができない。いったん逆方向の福井駅に行って新幹線に乗り換えるか、在来線に接続しない越前たけふ駅へバス等で行くか、特急列車のなくなった並行在来線で敦賀駅へ行き、在来線特急列車に乗り換える必要がある。
■直通断念の理由について解説
なぜ、福井県知事は在来線特急列車の乗入れ要求を断念するのか。中日新聞電子版6月8日付「並在の特急存続断念へ 県がJR西と協議に区切り」で、おもな理由をわかりやすく箇条書きで説明している。これをもう少しかみ砕いて説明しよう。
●「京都ー大阪間が過密ダイヤのため増便が不可能」
ここがまずわかりにくい。現在、大阪駅から金沢方面の特急「サンダーバード」が約30~60分間隔で運行している。過密ダイヤはその通りだろう。しかし、「サンダーバード」のいくつかを並行在来線に延伸すればいいのではないかとも考えられる。京都~大阪間の増便とは何か。
これに関して、6月12日の中日新聞で知事会見を受けた続報があった。JR西日本としては、現行の「サンダーバード」をすべて北陸新幹線に接続させる意向だという。敦賀駅では北陸新幹線の真下で折り返すから、並行在来線に直通する「サンダーバード」は別途増便で対応する必要がある。その増便の余地が京都~大阪間にはない、ということだ。大阪駅から近江塩津駅あたりまで併結運転すれば解決しそうな気がするものの、次項の費用も考慮する必要がある。
●「車両購入費や人件費の発生」
増便にしても、近江塩津駅などで併結・分割するにしても、在来線の特急用車両を増やす必要がある。運転士も必要だろう。JR西日本だけでなく、並行在来線にも負担が発生する。並行在来線でJR西日本の特急列車を走らせるならば、JR西日本の車両を借りて運行することになり、車両使用料が発生する。あるいは並行在来線会社でも車両を新造し、走行距離で使用料を相殺する方法もある。この場合は車両調達費がかかる。福井県の試算では、「サンダーバード」を1日3往復するための車両購入費は約80億円とされている。
JR西日本にとっては北陸新幹線の収入が減る。並行在来線会社にとっては特急料金が増える一方で、車両設備の維持と人件費が増える。並行在来線会社側で約1.3億円の赤字、JR西日本と合わせて年間で約7億円の赤字だという。
●「主要収入源の貨物線路使用料が減少」
これは少し面倒な話だ。並行在来線になったとしても、いままで通り京阪神方面から東北・北海道方面の貨物列車が走る。JR貨物は並行在来線会社に線路使用料を支払っており、この線路使用料の決め方にしかけがある。列車1本あたりの使用料を決めるわけではない。
わかりやすく言うと、並行在来線全体の線路コストを算出し、これを貨物列車と旅客列車の運行本数で按分する。貨物・旅客の比率が1対1なら費用負担は50%ずつだが、貨物列車が7、旅客列車が3の割合であれば、並行在来線会社の負担は3割で済み、JR貨物が7割を支払う。これが並行在来線会社の主要収入源になる。
極端な言い方をすれば、貨物列車が10、旅客列車が0であれば、すべてJR貨物が負担する。つまり、旅客列車は少ないほうが並行在来線会社の負担が少ない。旅客列車を増やさないほうがいい、在来線直通列車を増やさないほうがいい、となるわけだ。
●「並行在来線とJRの区間をまたぐため、新幹線と特急を乗り継ぐ場合よりも料金が上昇」
在来線から新幹線へ乗り換える場合、乗継割引の特例があるため、在来線区間の特急料金が半額になる。これについても福井県が現在の料金体系を適用して試算した。現在、大阪~福井間の運賃・特急料金の合計は6,140円。敦賀駅で「サンダーバード」と北陸新幹線を乗り換えた場合、新幹線料金がかかるものの、乗継割引制度が適用されるために在来線特急料金は半額になり、合計7,000円となる。現在より高くなるが、そこはスピードアップの対価だろう。
一方、「サンダーバード」が並行在来線に直通した場合、合計7,420円だ。敦賀駅での乗換えあり・乗換えなしを比較して、420円の差をどうとらえるか。ユーザーファーストで考えて、福井県側が差額を補填するとか、あるいは並行在来線内を特急列車ではなく快速列車扱いとするなどの施策も考えられる。
しかし、敦賀駅の乗換え所要時間が3分程度で済むならば、北陸新幹線の大阪延伸までは我慢してもらったほうがいい。これが知事の言う「合理的な選択肢」といえそうだ。
どうしても乗換えが嫌だ、料金が高くなるのも嫌だという場合は高速バスがある。大阪~福井間は約3時間半、料金は3,700円だ。
なお、福井新聞6月9日付「並行在来線の初期投資額は154億円 福井県内区間、うちJR資産94億円」によると、福井県並行在来線の初期投資額は、JR西日本からの譲渡資産の見直し、車両の新造を取りやめJR西日本の譲渡車両のみ運行などで、2017年度時点の予測より126億円も減額できたという。
とにかくいまは並行在来線のコストを下げて、赤字を減らすことが県民全体の利点だという考えのようだ。経営が安定し、やはり乗換えは不便と考えられるなら、そのときに並行在来線直通列車や団体臨時列車などを検討してもいい。線路がつながっていれば、列車はいつでも直通できる。