九州新幹線西九州ルートで開通のめどが立たない武雄温泉駅までの区間について、「佐賀県側から3つのルートが提案された」と報じられた。フル規格新幹線の建設に否定的な佐賀県からの提案だけに「計画前進」という印象もある。しかし、佐賀県の真意は「国のための新幹線なら佐賀駅を通らなくても良い」かもしれない。

  • 佐賀県が示したフル規格の3ルート(地理院地図を加工)

5月31日、国土交通省鉄道局幹線鉄道課長と佐賀県の地域交流部長は、九州新幹線西九州ルートの未開通区間について「幅広い協議」を実施した。国、長崎県、JR九州はフル規格新幹線で開通させたい。佐賀県側はフル規格を求めていない。この問題について、報道機関など第三者が語るときには言葉を慎重に選ぶ必要がある。

まず、「未着工区間」は適切ではなく「未開通区間」だ。そもそも佐賀県と国の合意は「スーパー特急方式」だった。この方式は工事が要らない。鳥栖~武雄温泉間は在来線を使用し、武雄温泉~長崎間だけ在来線規格のバイパス線を作る計画となっていた。だからそもそも「着工」する要素がない。「着工」はフル規格新幹線または在来線をミニ新幹線に改造する「工事」を指すから、「未着工区間」といえば佐賀県の意思を無視したことになる。佐賀県は「未着工」という報道について、公式サイトで明確に否定している。

ただし、九州新幹線西九州ルートそのものの計画は「福岡市~佐賀市付近~長崎市」として整備計画が決定している。これは国が1973(昭和48)年に整備計画を決定した。スーパー特急、フル規格、どのような形態であっても「福岡市~佐賀市付近~長崎市」を結ぶ高速列車計画はある。これが開通していないことは事実だから、「未開通区間」が正しい。

この問題は、本題に入る前に言葉の定義から始める必要がある。なぜなら未開通区間の問題の本質は、「スジを通して話をしているか」だからだ。佐賀県はスーパー特急方式、その後のフリーゲージトレイン方式までは合意したが、フル規格新幹線については一貫して合意していない。佐賀県知事は、「佐賀県はフル規格新幹線を求めていないし、今後も求めない」とまで言い切った。

しかし、国と長崎県とJR九州は「フリーゲージトレイン方式を前提に武雄温泉~長崎間を着工したけれど、フリーゲージトレインは技術的に断念した。だから全区間フル規格にする」とぶち上げた。ここに佐賀県の合意はなかった。だから佐賀県は「フル規格だけではなく、他の方式も含めた幅広い協議」を求めた。「幅広い協議」とは、すでに合意された「スーパー特急方式」「フリーゲージトレイン方式」「リレー方式」と同列に「フル規格新幹線」「ミニ新幹線」を検討する協議である。

国土交通省は「幅広い協議」に応じる姿勢を見せている。一方、与党新幹線プロジェクトなど政府側はフル規格を前提とした動きを見せている。たとえば建設費の佐賀県負担を軽減する枠組み、並行在来線をJR九州から分離しない枠組みなど。これが佐賀県を落胆させている。

佐賀県にとっては、在来線を利用すれば福岡へ行ける。新幹線になっても所要時間は変わらない。しかし在来線特急列車を廃止し、新幹線に移行すれば、実質的に値上げとなる。佐賀駅から山陽新幹線方面に直通できて便利になるというが、その機能は佐賀県内の新鳥栖駅で達成されている。新鳥栖駅では新大阪行の列車も発着するし、佐賀駅から新鳥栖駅まで普通列車で25分前後だ。

そんな佐賀県が「フル規格新幹線断固反対」ではなく、フル規格を含めた「幅広い協議」を求めている。その意味を国は理解できているだろうか。5つの方式をしっかり検証した上で、それでもフル規格のほうが佐賀県にとって利点が多い。そう示せば、佐賀県はフル規格に納得するかもしれない。そんな丁寧な作業を放棄して、与党プロジェクトチームなどは「いかにフル規格を佐賀県に納得させるべきか」を議論しているように見える。

■新たな2ルートは「佐賀のためと言うより九州のため」

こうした状況の中で、5月31日の「幅広い協議」は3回目を迎えた。COVID-19感染防止の影響で停滞していたところ、佐賀県側の代表担当者が交代したという事情もあり、約7カ月ぶりにウェブ会議形式の再開となった。その議事録は佐賀県の公式サイトに掲載されており、佐賀県が国に検討を要請した「フル規格新幹線の3ルート」の意味も見えてくる。

ここも言葉を選ばなければならない。佐賀県として3つのルートを「提案」したわけではない。県議会で新たな2ルートについて、国、福岡経済圏、佐賀県にとって利点のあるルートが意見された。そこで国に対し、「議会でこんな意見があるから検討してほしい」と伝えた。「これならフル規格でいい」という「提案」ではなく、「検討の要請」だ。

3ルートとは、従前の佐賀駅を経由するルートのほか、佐賀空港を経由する南ルート、長崎自動車道沿いの北ルートである。

南ルートで佐賀空港と直結した場合は、福岡空港のサブ空港として意味がある。COVID-19の感染拡大前、福岡空港は発着便数が飽和しつつあったという。2024年度に第2滑走路を建設する計画がある。ただし、滑走路間が狭いため、同時発着はできない。現在の16.7万回の処理能力を18.8万回に増やす程度だ。

佐賀空港は福岡空港の容量が不足しているため、代替空港としてチャーター便を受け入れてきた実績がある。それでも佐賀空港は赤字状態だ。新幹線で博多駅と結ばれれば、北九州空港よりも所要時間が短くなる。佐賀空港の発着便が増えることで、佐賀空港の運営にも利点がある。

北ルートは高速道路と接続する。佐賀県内では貨物ターミナルが検討された経緯もあるという。新幹線駅ができれば、人流が活発になり、工業誘致の可能性もある。高速バスの拠点として整備すれば佐賀県北部の活性化にもつながる。

北ルート、南ルートは、佐賀県の利点と言うより福岡経済圏、西九州経済圏に利するという考え方だろう。「佐賀県としてはフル規格新幹線を求めていない」という考え方は変わらない。ただし、「どうしてもフル規格をおやりになりたいなら、福岡を核とした九州の発展、西九州地域全体の発展を検討したらいかがですか」である。

国土交通省鉄道局幹線鉄道課長は検討する姿勢を見せたが、そもそも整備新幹線計画は沿線自治体のためだけでなく、「国家の骨格としての高速鉄道」であり、県庁所在地を大きく外れたルートは理念に反する。ただし、法律の制定時期から長い年月が経ち、新たな見地に立って検討する必要があるかもしれない。

佐賀県側から幅広い球種のボールが投げられた。国土交通省はどんな返球をするだろうか。NHKの報道によると、6月11日の与党検討委員会にて、「佐賀県の費用負担を減らす措置や並行在来線の在り方をめぐって、週明けにも与党としての方針が取りまとめられる」とのこと。この報道の通りなら、与党と佐賀県の意識のズレは解消するめどが立たない。間に挟まれた国土交通省が気の毒に思えてくる。