JR西日本は7月8日、可部線の電化延伸区間1.6kmに設置する駅名を「河戸帆待川」(中間駅)・「あき亀山」(終着駅)と発表した。この延伸は2つの意味で重要な意味を持つ。ひとつは廃止区間では初の復活。もうひとつは、現行法では特例となる踏切の設置だ。もちろん地域に住む人々の悲願でもあった。
さらに言うと、鉄道趣味的にも重要な争点がある。「乗り鉄」の中でも全線完乗を目標とする諸氏にとって、すでに乗車し、廃止された区間の復活をどう考えるか。気になるからいつかは乗車するとして、記録はどうしよう。新規乗車区間として計上するか、乗車済み区間として参考記録とするか……。
可部線は広島県広島市の中心部から北部へ向かう路線だ。山陽本線の横川駅から分岐し、太田川西岸地域を北上して可部駅に至る、延長14.0kmの単線電化路線である。横川駅は広島駅の隣の駅(当時)であり、可部線の電車はすべて広島駅へ直通している。可部線は広島都市圏の通勤通学路線となっている。
可部線はかつて、可部駅から西北西へ向かって非電化区間を延ばしており、46.2km先の三段峡駅が終点だった。こちらは運行本数も少なく、閑散地域のローカル線、週末には景勝地の三段峡への観光路線という位置づけであった。この路線は国鉄時代にはさらに延伸し、日本海側の浜田駅を結ぶ計画もあって、山陽と山陰を結ぶ「陰陽連絡線」のひとつになるはずだった。しかし、三段峡駅以北の建設は中止。非電化区間の可部~三段峡間も赤字を理由に、2003年11月末の運行を最後に廃止された。
その廃止区間のうち、可部駅の隣の河戸駅付近は住宅開発が進んでおり、沿線の人々からは廃止決定前から「横川~可部間の電化区間を河戸駅まで延伸してほしい」という要望があった。可部線非電化区間自体の廃止反対運動、乗って残そう運動もあったようだ。それにもかかわらず、非電化区間の廃止は強行されてしまった。理由は、当時のJR西日本は可部線について、区間ごとの乗降客数や将来性を精査せず、可部駅を境に電化区間と非電化区間の収支を重視したからだ。
ただし、廃止予定区間のうち、電化要望のあった可部~河戸間について、JR西日本は「工事費用を全額地元負担とするなら存続、電化する」と含みを持たせていた。この費用負担についてめどが立たず、時間切れの形で廃止されてしまったが、電化延伸を望む人々の働きかけは続いた。広島市としても、北部の公共交通の軸として可部線を重視しており、持続的な公共交通体系のあり方を検討していく。
可部線延伸のきっかけは、2007年に施行された「地域公共交通活性化及び再生に関する法律」だ。「地域公共交通の活性化・再生を総合的かつ効率的に推進することを目的とし、地方自治体が鉄道事業者と連携して、新線建設や鉄道の輸送改善に取り組むことができる仕組み(広島市資料より)」とされている。広島市はこの制度の活用を視野に入れ、2008年に国の補助対象となったため、「JR可部線活性化協議会」を設立。2010年に「JR可部線活性化連携計画」を策定した。
同じく2010年には、山陽本線とアストラムラインの交点に新白島駅を設置する件で広島市とJR西日本が合意。2015年3月に開業した。広島市の北部地域に対する公共交通機関の取組みが進んでいく。可部線の電化延伸もそのひとつといえる。「JR可部線活性化連携計画」によって2010年12月には環境アセスメント調査が始まった。この段階では2013年度末、2014年春に延伸区間開業の予定だった。
可部線電化延伸区間と駅、踏切の略図 |
しかし、新たな問題が立ち上がる。踏切の復活問題だ。延伸区間は国鉄時代に廃止が検討された区間で、JRに引き継いで廃止された。このような廃止路線の復活としては初の事例となる。ただし、休止線ではなく廃止されているため、手続きとしては新線の延伸という形だ。そして、国土交通省は原則として踏切の設置を認めない方針だ。
2002年に施行された「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の第39条に、「鉄道は、道路と平面交差してはならない」とある。そこでJR西日本は延伸区間の踏切は廃止の意向。地元は踏切復活を望んだ。2011年9月に合意する予定が流れてしまい、計画は停滞する。翌年の2012年4月に可部線で踏切事故が起き、中学生が亡くなった。これも踏切再開案に影響すると思われた。
しかし同年7月、JR西日本は「広島市の踏切整備案に国と地元が同意する」という条件で踏切案に譲歩した。これを受けて2013年2月、JR西日本と広島市が電化延伸事業に合意する。復活する踏切は3カ所。このうち1カ所は車両通行禁止。また、1カ所は道路側の立体交差が完成するまでの暫定設置となった。
じつは、「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」には「新幹線又は新幹線に準ずる速度で運転する鉄道以外の鉄道であって、鉄道及びこれと交差する道路の交通量が少ない場合又は地形上等の理由によりやむを得ない場合は、この限りでない」という例外規定がある。これは本来、この省令が施行される前に設置された踏切を認めるためだと思われる。けれども、この例外規定を新路線に拡大解釈したようだ。
道路法でも第31条で「当該道路の交通量又は当該鉄道の運転回数が少ない場合、地形上やむを得ない場合その他政令で定める場合を除くほか、当該交差の方式は、立体交差としなければならない」とある。つまり、可部線延伸区間の踏切は「運転回数が少なく、地形上やむを得ない」と解釈されたようだ。3カ所のうち1カ所は車両通行不可、1カ所は暫定という処置も「やむを得ない」の意図を反映したものと解釈すれば納得できる。
さて、ここで冒頭の「乗り鉄」問題に戻る。JR西日本・広島市ともに、法令に則って新線扱いとして整備する。そうなると、非電化時代の可部線に乗った人は、新規路線として記録に加算した方がいいような。いや、線路は同じ場所にあるから、乗車済みとして計上しなくても良さそうな……。いずれにしても、開通したら乗りに行く人がほとんどだろう。ルールは人それぞれとはいえ、悩みは尽きない。