JR北海道は2月28日をもって、釧網本線の観光列車「流氷物語号」「SL冬の湿原号」の今季の運行を終了した。COVID-19の影響で海外客が見込めない中、「流氷物語号」はレトロゲームとのコラボで国内客を集め、「SL冬の湿原号」も道内の観光客でにぎわった。「残す方針」の鉄道路線を活用するため、JR北海道と地域が集客に取り組んだ。

  • 釧網本線で運行された観光列車「流氷物語号」

「流氷物語号」は1月30日から2月28日まで、釧網本線の網走~知床斜里間で毎日2往復運転された。今年はキハ40形「道北 流氷の恵み」「道東 森の恵み」車両を充当し、2両編成で運行。1987年に発売され、ヒットしたファミコンゲーム『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』とのコラボレーション企画が実施された。行先表示版、種別表示版、ヘッドマークにゲームタイトルとイラストが描かれ、それぞれのレプリカグッズやキーホルダーなどが乗車記念品として販売された。

『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』は、『ドラゴンクエスト』シリーズの作者として有名な堀井雄二氏が手がけた推理アドベンチャーゲーム。『ドラゴンクエスト』が発表される2年前の1984(昭和59)年、国産コンピューター、PC8801・PC6601対応ソフトとして発売された。ファミコン版は1987年6月27日に発売され、漫画家・イラストレーターの荒井清和氏がキャラクターグラフィックを担当した。当時のファミコンソフトとしては珍しく、「大人も楽しめる物語」だったこともあり、幅広い年齢層から支持された。したがって、『オホーツクに消ゆ』といえばファミコン版、荒井清和氏のキャラクターという印象が強い。ちなみに1987年といえば、4月にJR北海道が発足した年でもある。そのあたりもなにか因縁を感じる。

『オホーツクに消ゆ』の物語は、東京・晴海埠頭での死体発見から始まる。被害者の身元から、主人公の刑事は釧路へ。手がかりを求め、釧網本線の北浜駅へ行くと、第2の殺人事件が起きる。その後、網走港、知床五湖でも関係者が殺された。事件の手がかりはニポポ。しかも左目の下に涙が彫られている。ニポポは網走刑務所で受刑者が作っており、事件の翌日に「涙入りニポポ」が現れる……。つまり、「流氷物語号」の沿線には3カ所の事件現場があり、車窓に見えるオホーツク海の向こうに、事件の重要な背景となる出来事がある。

  • 行先表示版もコラボ仕様に

今回のコラボにあたって、荒井氏は新規にキャラクターを描き起こした。主人公、ヒロイン2人、ゲームのキーアイテムとなる「涙入りニポポ」(人形)が、ヘッドマークなどのアイテムに起用されている。キャラクターがちょっと垢抜けており、34年前のレトロゲームとのコラボながら、新しさを感じさせる。乗車記念品の目玉はもちろん、「涙入りニポポ」だ。網走市観光協会を通じて、実際に受刑者に発注した。

ゲームと観光地のコラボといえば、新作ゲームや続編などの「買えるゲーム」である。観光地としてはゲーム人気にあやかって集客できるし、ゲームメーカーも宣伝効果で売上を期待できる。しかし現在、ファミコン版の『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』は新規に発売されておらず、中古市場で高値が付いている。コラボレーションにあたり、商標使用料は発生するものの、商いは小さい。ゲームメーカーにとって、ゲームを売るようなメリットはほとんどない。むしろ管理費のほうがかさんでしまう。

普通に考えて、30年以上前に売り切ったゲームとのコラボ実現はありえない。それが実現した理由は、このゲームのファンで釧網本線の活性化活動に取り組んできた石黒明氏の熱意がゲーム開発関係者に届いたからだ。石黒氏は2010年、仲間と市民団体「MOT(もっと) レール倶楽部」を結成し、貸切列車の運行や観光列車の応援に取り組んできた。現在は網走市、JR北海道とも連携して活動している。

その石黒氏が地元紙に連載するコラムで、「このゲームで地域を活性化したい」と書いたところ、その思いが原作者の堀井雄二氏、グラフィックの荒井清和氏、サウンドを担当した上野利幸(ゲヱセン上野)氏に伝わった。ゲームの版権を持つKADOKAWAも、「ゲームが地域活性化のお役に立てるなら」と快諾。話がまとまったところで網走市とJR北海道も驚き、ヘッドマークや行先表示版の装着が許可された。網走市も北海道に連絡し、活動費など支援した。

2月27~28日にかけて、唯一の公式ツアー「女満別空港 網走発着 バスツアー『流氷物語号』と『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』 2日間」が開催された。約30名が参加し、1日目は網走港と網走刑務所、北浜駅の「ゆかりの地巡り」、2日目はゲームに登場した土産店を車中から見学して、今季の最終運行となる「流氷物語号」に乗車した。網走に戻った後、能取岬でゲームのタイトルバックの風景を撮影した。このツアーには原作者の堀井雄二氏と、元ゲーム雑誌編集者の忍者増田氏も参加しており、旅を楽しんだ。

  • ファンミーティングでは、関係者の“マル秘トーク”も

宿泊した知床第一ホテルでは、夕食後にファンミーティングが開催された。ここでは電子会議ツールを使って荒井清和氏とシナリオアシストの柳沢健二氏も交え、堀井氏の取材やゲーム開発の裏話などが披露された。ゲームのファンにとっては至福の時間だったと思われる。

今回はCOVID-19の影響で、「参加したかったけどできなかった」という声も多かった。石黒氏によると、「来年もぜひ開催したい。新しい記念グッズのアイデアもあります」とのこと。荒井清和氏もファンミーティングで、「もっといろんなキャラクターを参加させてあげたい」と意欲的だった。

『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』の物語は流氷の時期ではないので、季節を変えてイベントを開催する可能性もある。また、これをきっかけに、ゲームに登場した釧路、阿寒湖、札幌、函館、野付半島、紋別、夕張など、全北海道を巻き込んだコラボになったら楽しそうだ。願わくはゲームもなんらかの形で復刻してほしい。個人的にもファミコン版をもう一度遊びたい。

  • 3月のダイヤ改正で廃止される南斜里駅に立ち寄る

  • 快速「しれとこ摩周号」が通過した

釧網本線の観光列車に関して、JR北海道は「SL冬の湿原号」の運行継続を発表したばかり。蒸気機関車をオーバーホールし、客車についても全面的にリフォームするという。「流氷物語号」も観光車両を導入するなど、力を入れている。

JR北海道が企業として地域と連携した釧網本線の活性化を進めていく一方で、現場の鉄道員の活躍もある。知床斜里駅では、「流氷物語号」の発車に合わせてゲームのBGMをトロンボーンで生演奏し、段ボール製のニポポの衣装を来た駅員による見送りも行われた。

雪が降り積もり、流氷も流れ着く厳寒の地だが、人々の思いは熱かった。