JR九州は九州新幹線(鹿児島ルート)の全線開業10周年を記念し、3月14日に「流れ星新幹線」を運行する。800系の車体や車内ポスターに777点の「願いごと」を載せ、車内には窓に向けて投光器を設置して光を放つ。鹿児島中央駅から博多駅まで無乗客で走らせる。夜空の下で、新幹線の列車を流れ星に見立てるというロマンチックなイベントになる。3月15日から通常の座席に戻し、5月28日まで「輝け! みんなの九州」号として運行される。
このプロジェクトは、JR九州と西日本シティ銀行、LINE FUKUOKAが連携して実施する。「九州をはじめ全国のみなさまの願いが叶い、明るい未来への希望を抱いていただけること」を目的としている。協賛企業・団体として、総合イベント企業「am21」、筑後市、アイドルグループ「HKT48」、九州観光推進機構、太宰府天満宮が参加する。
西日本シティ銀行は同社マスコットキャラクター「ワンク」のオブジェやフォトスタンドをJR九州の主要駅に設置する。日本金融通信社の報道によると、全支店でプロモーションムービーを放映するほか、3月14日の「流れ星新幹線」では、筑前船小屋駅停車中のイベントをサポートするという。
LINE FUKUOKAは「願いごと」募集受付を支援した。JR九州のLINEアカウントで1月27日から2月7日まで「願いごと」を受け付けた。西日本新聞社の2月5日の報道時点で5,000点を超える「願いごと」が寄せられたとのこと。これらの「願いごと」はすべて「流れ星新幹線」特設サイトに掲載されるほか、太宰府天満宮でご祈願の上、奉納される。
「願いごと」の中には、「ローカル線を廃止しないで」「JR九州新幹線をスピードアップして」「夜行列車を復活して」「車椅子でも気軽に列車を利用させて」「九州新幹線西九州ルートを全線フル規格で」など、JR九州に対する要望もあっただろう。叶うもの、叶わないものもある。それでもJR九州がみんなの「願い」を受け止めると信じたい。
■九州新幹線の開業とこれまで
九州新幹線鹿児島ルートは2004年に新八代~鹿児島中央間が暫定開業した。これは鹿児島ルートが当初、スーパー特急方式で認可されたためだった。スーパー特急方式は基本的に在来線の線路を使い、スピードアップできる区間だけ新幹線規格相当の在来線ルートを建設する。しかし、建設中に全線フル規格化が決定し、先に着手していた新八代~鹿児島中央間が先行開業した。博多~新八代間は特急「リレーつばめ」が担当し、新八代駅で新幹線「つばめ」と同一ホームで乗り換えられるように配慮した。
その後、博多~新八代間のフル規格新幹線の建設が進められ、2011年3月12日に全線開業となった。3月9日からキャンペーンCMの放送を開始。試運転列車から車窓を撮影し、沿線の人々が手を振るなどパフォーマンスを繰り広げた様子を紹介した。キャンペーンソングは「Boom!」。スウェーデン出身で日本人の父を持つマイア・ヒラサワさんが歌った。「ボン! ボン!」というリズミカルなフレーズと、画面に映る人々の明るい表情が印象的で、お祭りムードを盛り上げた。
しかし、にぎやかなムードは開業前日に吹き飛んでしまう。2011年3月11日。東日本大震災が発生した。関東から東北にかけて恐怖と悲しみが広がる中で、九州新幹線の開業キャンペーンは縮小。CMも自粛されてしまう。以降、九州新幹線の「周年記念行事」が行われるたびに開業当時が思い出され、東日本大震災の記憶と紐付けられるようになった。JR九州にも新幹線にも罪はない。しかし拭いきれない歴史だ。
九州新幹線も地震の被害に遭っている。2016年4月14日の熊本地震では、熊本の車両基地に向かっていた回送列車が脱線。さらに高架橋が破損するなど甚大な被害を受け、全線運休となった。全線の復旧まで約2週間、徐行を解除して完全復旧するまで約11カ月を要した。2020年7月5日から続いた豪雨では、熊本~鹿児島中央間が3日間にわたり運休。沿線の被害はさらに大きく、肥薩線の八代~吉松間は復旧のめどが立たない。
そんな辛い歴史もあった九州新幹線だが、開業後に明るいニュースもあった。全線開業記念CMは動画サイトで注目され、その明るさ、希望というメッセージが広まっていく。それは沈んだ気分になっていた人々にとって、まるで一条の光だった。ワイドショーで紹介され、CMのメイキングも紹介された。放送自粛となったCMが、いつしか人々に元気を与えるコンテンツになった。日本の放送文化を表彰するギャラクシー賞を受賞したほか、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルでは3部門で金賞、銀賞、銅賞の評価を得た。テーマ曲の「Boom!」も、Billboard JAPAN「Hot Top Airplay」で第1位に輝いた。
是枝裕和監督、前田航基さん、前田旺志郎さんの兄弟が主演した映画『奇跡』も、九州新幹線の全線開業を記念して企画された。九州新幹線が全線開業する日の朝、福岡へ向かう「つばめ」と鹿児島へ向かう「さくら」が初めてすれ違ったときに奇跡が起きる。そんな噂を聞いて、離ればなれに暮らす兄弟は願いを叶えようとする。この作品もスペインのサン・セバスティアン国際映画祭で最優秀脚本賞、イランのイスファハーン国際青少年映画祭で最優秀作品賞など、国内外で多くの賞を受賞している。九州新幹線は、走ることで多くの人々の希望を叶えてきた路線でもある。
そして現在、新型コロナウイルス感染症の感染拡大と外出自粛の影響で鉄道の利用者は減り、沿線も沈滞ムードが蔓延している。
JR九州は昨年4月、「その日まで、ともにがんばろう」プロジェクトをスタート。安全安心な日常生活が戻る「その日」まで、九州の元気と絆を発信する取組みとして、ステイホームを楽しむこども向けコンテンツ、動画メッセージの配信を行った。8月から「みんなの九州プロジェクト」もスタート。HKT48とコラボし、JR九州の旅を応援する動画配信などが行われている。
「流れ星新幹線」は、JR九州の「元気を発信」する数々のプロジェクトと、九州新幹線の全線開業記念を組み合わせた企画となる。うれしさ全開のお祭り騒ぎとはせず、人々の希望を乗せる「流れ星」としたところが粋な企画だと思う。
ちなみに、「流れ星に願うと叶う」という風習には諸説ある。流れ星は一瞬で予測できないため、とっさに願いごとを考えていても間に合わない。普段から願っていることが思い浮かぶ。つまり、「自分が常に願っていることだから、いずれ叶う」という考え方。また、いつ流れ星が現れても対応できるように、日頃から願いごとを思い続けていよう。それが日々の暮らしを前向きにしてくれる、という教訓にもなる。
「願いごと」の受付は終わってしまったが、「流れ星新幹線」を目撃したら願いごとをつぶやいてみよう。夜の闇を走り抜ける流れ星。最高速度260km/hは、本物の流れ星よりゆっくりだ。何度も願いを唱えれば、いつか叶う日が来るかもしれない。