埼玉県は9月15日、「公共交通の利便性向上検討会議」の第2回を開催した。鉄道の延伸計画について、従来の「埼玉高速鉄道線」「都営地下鉄大江戸線」「東京メトロ有楽町線」に加え、「日暮里・舎人ライナー」「多摩都市モノレール」も検討の対象とする。鉄道需要の低下が懸念される中、埼玉県独自の価値基準を求める考えを示した。

  • 埼玉県が延伸を検討する路線(赤線)。水色が都県境(地理院地図を加工)

「公共交通の利便性向上検討会議」は、埼玉県知事が提唱する「あと数マイルプロジェクト」にもとづき設置された。「あと数マイルプロジェクト」は、東京都と埼玉県の県境まで到達した鉄道路線を埼玉県内に延伸し、県内の交通網整備のきっかけとする取組み。2019年の埼玉県知事選で大野元裕氏が公約として掲げ、当選した経緯がある。

検討会議の第1回は6月16日に開催され、委員長の選出、埼玉県の公共交通に係る状況と国の交通政策の動向について情報を整理した。第2回ではこれらの見識を踏まえ、具体的な鉄道の延伸について検討された。

埼玉県は国土交通省の交通政策審議会答申第198号「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」にもとづき、「埼玉高速鉄道線の浦和美園~岩槻間」「都営地下鉄大江戸線の大泉学園町~東所沢間」「東京8号線(有楽町線)の押上~野田市間」について、国の「都市利便増進事業」となるべく検討を重ねてきた。第2回は「日暮里・舎人ライナー」「多摩都市モノレール」を加え、5路線を検討する方針となった。

各路線の現状と目標について、以下のように整理されている。

■埼玉高速鉄道線の延伸(7.1km)

埼玉高速鉄道線は、運輸省時代の都市交通審議会答申第15号(1972年)において「目黒~岩淵町~川口市中央部~浦和市東部」、運輸政策審議会答申18号(2000年)において「浦和美園~岩槻~蓮田」の2015年度までの延伸が適当とされていた。このうち、目黒~赤羽岩淵間は東京メトロ南北線、赤羽岩淵~浦和美園間は埼玉高速鉄道として開業している。交通政策審議会答申第198号(2016年)にも継承されている。

さいたま市は浦和美園~岩槻間を先行整備区間とし、2017(平成29)年度から延伸協議会を設置。2018(平成30)年度から埼玉高速鉄道、鉄道・運輸機構などと協議、情報交換を行っている。埼玉県は調査費を負担してきた。

事業採算性については、「沿線開発に直接関与しない場合」「鉄道と同時に沿線で区画整理事業を行った場合」「沿線開発に加えて、埼玉スタジアム2002付近に駅を設置した場合」「沿線開発に加えて、快速運転を実施した場合」「沿線開発に加えて、埼玉スタジアム2002付近に駅を設置し、快速運転も実施した場合」が検討された。

沿線開発を行わない場合の費用便益比は0.8、埼玉スタジアム2002付近の駅設置と快速運転を行った場合の費用便益比は1.1となった。費用便益比は事業と社会への貢献度を分析する数値で、1.0を超えていれば事業単体が赤字でも周辺の経済効果が高く、公共性が高いと評価される。埼玉スタジアム2002付近の駅設置と快速運転をした場合の可能性が高まる。しかし事業費は最も大きくなる。

■東京都営地下鉄12号線(大江戸線)の延伸(8.1km)

運輸政策審議会答申第7号(1985年)において、光が丘~大泉学園町~新座市方面の延伸が盛り込まれ、運輸政策審議会答申18号で大泉学園町~武蔵野線方面となり、交通政策審議会答申第198号で光が丘~大泉学園町~東所沢間とされた。このうち、光が丘~大泉学園町間は道路と一体的な整備が進んでいる。大泉学園町~東所沢間は事業性を確保するため、沿線開発の取組みが必要と指摘されている。

想定される輸送密度は2万8,200~2万8,800人/日で、JR相模線の2万9,412人/日(2019年度)よりやや少ない。費用便益比は0.8~0.9と試算されている。事業化にはもう少し上向きの材料がほしいところだ。

■東京8号線(有楽町線)の延伸(30.5km)

運輸政策審議会答申第7号において、亀有~武蔵野線方面が盛り込まれ、運輸政策審議会答申18号で押上~亀有~野田市間とされた。交通政策審議会答申第198号でも押上~野田市間として継承されている。東京8号線は営団地下鉄(当時)有楽町線として和光市駅(埼玉県和光市)と新木場駅(東京都江東区)との間で開業し、東京メトロが引き継いでいる。東京メトロは新規路線の開業は行わない方針であるため、東京都江東区が豊洲~住吉間の延伸に向けて取り組んでいる。

住吉~押上間はすでに半蔵門線として開業した東京11号線を共用する計画だ。その後、事業化を進めるため、越谷レイクタウン経由、東埼玉道路との一体整備が検討されている。また、埼玉県の草加市、越谷市、八潮市、吉川市と、千葉県の野田市が建設準備基金を設置した。想定される輸送密度は3万8,900~4万600人/日と、東京都営地下鉄12号線より多い。しかし費用便益比は0.5と低い見積だ。建設費が大きいためだろう。

■日暮里・舎人ライナーの延伸計画は3方向

日暮里・舎人ライナーは東京都が運行する新交通システム。JR山手線の日暮里駅を起点とし、埼玉県境の見沼代親水公園駅を終点とする。距離は9.7km。東京都に延伸の構想はない。埼玉県としては、既存線の延長部にあたる地域が埼玉高速鉄道と東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の間の鉄道空白地帯となっている。延伸構想は次の3方面だ。

  • 西方向 : 埼玉高速鉄道線方面(約3~4km)

川口市が過去に検討していたとのこと。南鳩ヶ谷駅、鳩ヶ谷駅、新井宿駅が延伸候補のようだ。埼玉高速鉄道と乗り換えられるメリットはあるものの、埼玉高速鉄道は王子駅と駒込駅でJR線と接続しているため、都心方面のルートとしては西日暮里経由と競合するかもしれない。

  • 北方向 : 武蔵野線方面(約7~8km)

埼玉高速鉄道と東武伊勢崎線の間を北進し、鉄道空白地帯を埋めていく。武蔵野線といっても、いまのところ線路に突き当たるだけで交差部に駅はない。延伸距離は最も長くなる。

  • 東方向 : 東武伊勢崎線方面(約3~4km)

谷塚駅、草加駅が延伸候補のようだ。こちらも西方向と同じで、乗換え先の路線が都内で各路線に接続しているため、沿線外の利用者の経由を見込めない。

  • 日暮里・舎人ライナーの車両330形(2015年撮影)

日暮里・舎人ライナーは成功を収め、ピーク時の混雑率が189%に上昇し、車両の増備やロングシート化で対応している。足立区議会では、埼玉県の「あと数マイルプロジェクト」について、「足立区民にとって混雑が問題」と懸念の声が上がっている。

■多摩都市モノレール延伸

東京都の第三セクターが運行する多摩都市モノレールは、立川北駅・立川南駅を中心に、北は上北台駅、南は多摩センター駅までを結ぶ。構想としては、箱根ヶ崎、八王子、町田、羽村、唐木田、相模原、上溝、是政、日野などを含む大路線網となる。このうち上北台~箱根ヶ崎間の延伸について、東京都が事業着手を決定した。

埼玉県の構想は、上北台駅から北進して西武狭山線の西武球場前駅、さらに北進して西武池袋線の狭山ヶ丘駅に達するルートと、箱根ヶ崎駅から北東に進み、狭山ヶ丘駅に達するルートの2路線3案。立川・八王子方面から多摩湖、狭山湖などレジャー地域へ行く短絡ルートになるため、東京都民にも利点がありそうだ。

■費用便益比に替わる評価を望む声

埼玉県が公開した「第2回公共交通の利便性向上検討会議議事概要(速報版)」によると、委員からは少子化、コロナ禍の後のニューノーマルという生活様式において、公共交通の需要が変わることへの懸念や、観光面の事業評価を含めるべきという声が上がった。

また、従来の事業評価が費用便益比にとらわれすぎており、幅広い評価を求めるという意見や、公平性、治安、自治体が公共交通に責任を持つという考え方も必要という意見もあった。国道などでは救急救命率の向上をめざし、費用便益比が1以下でも整備される事例があることから、埼玉県としての評価方法を考えていきたいと締めくくった。

費用便益比にとらわれない考え方は大切だ。しかし、国の補助を受ける場合に費用便益比が基準のひとつとなっている。新しい評価基準を定める場合、新しい資金調達、開発利益回収の枠組みも必要となりそうだ。

公共交通の利便性向上検討会議は、11~12月頃に第3回が開催され、来年1~2月頃の第4回でとりまとめが行われる予定になっている。