北条鉄道は粟生駅(兵庫県小野市)と北条町駅(兵庫県加西市)を結ぶ第三セクター鉄道。路線長は13.6km(営業キロ)、全線が非電化単線で、全区間の所要時間は22分となっている。これまで、途中駅に行違い設備がなかったため、列車は単純往復するだけだった。運行時刻をわかりやすくするためか、日中時間帯は粟生駅を毎時0分発、北条町駅を毎時40分発、上下線とも1時間間隔の運転だった。
7月27日、法華口駅の列車交換設備の完成と2列車運行の習熟運転開始を発表した。習熟運転は8月3日から始まり、8月14日まで日中時間帯に5本を運行する予定。8月17~31日は新ダイヤに合わせ、朝2往復・夜2往復を運行する。増発される上り列車は、法華口駅を6時21分、7時23分、19時31分、20時29分に発車するとのこと。つまり、朝の通勤ラッシュ、夜間の帰宅ラッシュの時間に合わせて列車を増やすことになる。
行違い設備の完成により、今後は混雑時間帯に約30分間隔の運行が可能になる。この交換整備設置計画については2018年2月に報じられており、2018年度中に設計し、2019年度に完成予定とされていた。当連載の第111回「北条鉄道に交換設備設置の報道、運行本数倍増でもっと便利に」(2018年3月掲載)でも詳しく紹介していた。
■13年越しの悲願達成?
詳細はその記事を参照していただくとして、とくに印象深かった逸話がある。2005年、当時の加西市長で北条鉄道の社長だった中川暢三氏に会う機会があり、「あのとき、すれ違い設備を作っておけば良かったのに……」と語っていた。中川氏が加西市長選挙に当選したとき、「北条鉄道の存続問題」は選挙戦の争点のひとつだった。
北条鉄道の前身は国鉄北条線。国鉄の赤字が問題となり、全国の赤字ローカル線の廃止が取り沙汰された。北条線もそのひとつだった。当時、国は国鉄の赤字線をバス転換、または第三セクター鉄道に転換する場合、転換交付金という「解決金」を用意した。1kmあたり3,000万円。北条鉄道は少なくとも約4億円を受け取った。
これが中川氏の言う「あのとき」だ。1984(昭和59)年に北条鉄道が設立されたときは、この資金を留保し、車両更新や駅の改修に使った他は経営安定化基金とした。しかし赤字運営のため、次第に減っていき、2005年には資金が底をついていた。運行を維持するためには、自治体が補填する必要があった。
それから13年後、ようやく北条鉄道は交換設備を設置すると決めた。費用はホームや分岐器など施設工事に1億円、信号プログラムの改修に3,000万円と報じられた。合計で1.3億円。もし、1984年の時点で転換交付金をもとに交換設備を設置していれば、30分間隔で列車が走る便利な鉄道として認知され、利用者も増えていたかもしれない。赤字も小さくなったはずだった。いまさら言っても仕方ないが、ともあれ、列車交換設備の設置により、北条鉄道に大改革の時が来た。本当に良かった。
北条鉄道は習熟運転終了の翌日、9月1日にダイヤ改正を予定している。新ダイヤについては、公式サイトの6月30日付「法華口駅新ホームの使用開始について」で告知されていた。下りは粟生駅を6時45分、7時46分、8時52分、19時51分、20時51分に発車する列車、上りは北条町駅を6時10分、7時12分、8時21分、19時18分、20時18分に発車する列車が増発される。粟生駅でのJR加古川線、神戸電鉄粟生線との乗継ぎ時間も短縮される。北条鉄道の乗客が増えれば、存続が危ぶまれる神戸電鉄粟生線の乗客増も期待できそうだ。
法華口駅の新ホームと交換設備の完成は6月28日だった。既存のホームの北条町側に新ホームを設置し、スロープ付きでバリアフリー対応とした。対向側にも新ホームを設置し、駅舎との行き来は構内通路で線路を渡る。通称は「構内踏切」だが、「踏切」は法的には公道と鉄道の交差部だから、「構内通路」が正解。この構内通路の新設も、最近では珍しい事例といえる。そして、100年以上使われたという古いホームは撤去されず、通路として使われるという。これも鉄道趣味的に興味深い。
■「票券指令閉そく式」も見所のひとつ
さて、この交換設備は目標だった2019年度内に間に合わず、2020年9月のダイヤ改正から使用開始されることになった。北条鉄道の2019年度の事業報告によると、おもな遅延の要因として、新運行規定の「票券指令閉そく式」について、第三者安全性調査機関の評価に時間がかかったことを挙げている。約5カ月の遅れとなったが、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、さまざまな業務が停滞する中では仕方ないだろう。
「票券指令閉そく式」は、駅員に代わって運行管理者が遠隔で閉そく区間の列車の運行を許可するしくみ。北条鉄道は全線単線で、これまで行違い設備がなかったため、路線全体が1つの閉そく区間となり、1列車しか走れなかった。法華口駅に列車交換設備ができたことで、閉そく区間が2つに分割されることになった。
閉そく区間の列車の運行管理は、古くはスタフ方式、またはタブレット方式で行われた。スタフ方式は1つの閉そく区間で1つの通票を持つ列車だけが運行できるしくみで、上り列車と下り列車が対にならないと成立しない。タブレット方式は両端の駅員が連絡を取り合い、安全を確認してタブレットを発行し、運転士に渡すため、続行運転が可能になる。
北条鉄道で採用された「票券指令閉そく式」は、安全確認を駅員ではなく指令(列車の運行管理者)が行う。これで無人駅の法華口駅でも列車に運行指示を出せる。ただし条件として、閉そく区間内の車両の有無を検知する装置、運行管理者と列車側に通信装置の設置が義務づけられる。また、タブレットの代わりにICカード型の票券を使うという。
この方式の採用によって、粟生~北条町間で列車を1往復する間に、粟生~法華口間で1往復という運用も可能になる。「票券指令閉そく式」は全国でも北条鉄道だけ。それゆえに審査も慎重になった。閉塞方式などの設備に関心がある人にとって、これも北条鉄道の魅力のひとつとなるだろう。従来の閉塞方式より低コストで運用できそうなので、他のローカル鉄道事業者にとっても注目すべき方式と思われる。