旧東海道貨物線を再利用し、羽田空港と東京駅方面を結ぶ「羽田空港アクセス線(仮称)」について、費用負担の大きな羽田空港第1・第2ターミナル駅付近~第3ターミナル駅間を国が建設し、JR東日本が借用する方向で調整中と報じられた。同路線は有効性が認められつつも、JR東日本にとって高額な費用負担が課題となっていた。国の支援が決まれば開業の見通しが明るくなる。

  • JR東日本「羽田空港アクセス線(仮称)」の3ルート。茶色の実線がJR東日本の事業計画着手区間。黒い点線が国の建設部分(予想)。地理院地図を加工

「羽田空港アクセス線(仮称)」は、JR東日本が「将来性があり成長につながると確信する」として構想する路線。東京駅方面と羽田空港を結ぶ「東山手ルート」、新宿・池袋方面と羽田空港を結ぶ「西山手ルート」、りんかい線方面と羽田空港を結ぶ「臨海部ルート」がある。所要時間は東京駅から羽田空港まで約18分、新宿駅から羽田空港まで約23分、新木場駅から羽田空港まで約20分とされている。

共同通信が5月10日に配信した記事「羽田新駅、国が工事担いJR借用 当初案2倍超の本数確保」によると、国が一部を建設するとした場所は「(羽田)空港内の地下トンネルや駅の基礎工事」とのこと。羽田空港アクセス線構想の要となる羽田空港島部分で、3つのルートすべてが集結する部分になる。埋立地であり、空港の建物の基礎が深い。地下には東京モノレールや京急線も通っているため、難工事が懸念される部分だった。国が建設するとなれば、JR東日本の負担はかなり軽減されると考えられる。

経緯をたどれば、羽田空港と東京駅方面を結ぶ鉄道については、2000年にまとめられた「-運輸政策審議会答申第18号- 東京圏における高速鉄道に関する基本計画について」の中で、東海道貨物支線旅客化計画の一部として示されていた。当時は鉄道貨物が発展途上にあり、旅客列車を運行するゆとりもあったようだ。しかし、その3年前に「地球温暖化防止京都会議」で「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」が採択されると、鉄道貨物が少しずつ見直された。東京発の寝台特急が廃止され、その時間帯の貨物列車が増えたため、東海道貨物線は通勤時間帯に旅客列車を運行しづらい状況になった。

2014年8月、JR東日本は「東京駅、新宿駅、新木場駅方面と羽田空港をむすぶ新線構想」を発表した。これが現在のルート案の原型にあたる。田町駅付近から休止中の貨物線を活用する一方、東京貨物ターミナル~羽田空港間の現役貨物線は使わず、新たなトンネルで羽田空港島を結ぶ。

当時の報道によると、羽田空港国内線ターミナル直下の駅にとどまらず、国際線ターミナルの駅も設置するとのことだった。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に間に合わせるため、国内線ターミナルの北側、貨物ターミナル付近に暫定駅を開設し、開業する構想となっていた。しかし、3,000億円と予測された費用について、自社だけでなく、国や東京都の支援を得たいとの意向があった。

2018年に発表されたJR東日本グループ経営ビジョン「変革 2027」にて、改めて「羽田空港アクセス線構想の推進」が紹介された。その後、「東山手ルート」を優先整備する方針が示され、2019年5月に「羽田空港アクセス線(仮称)整備事業」環境影響評価調査計画書」を公開。この中で、設備や運行計画にも触れられている。田町駅付近は山手線の折返し線を廃止し、山手線外回り、京浜東北線南行、東海道線上りの線路を移設して、東海道線の上下線の間から単線で分岐する。そのため、運行本数は1時間あたり4往復(8本)となっている。

しかし、前出の報道によると、運行本数は「JRが1時間当たり8本とする当初案の2倍超の本数を最終的に確保する見通し」だという。「当初案」の1時間あたり8本は、「東山手ルート」の環境影響評価調査計画書の数字である。そこに着目すると、「東山手ルート」を16本にするとも読める。

ただし、国が建設する部分は3ルートに共通する部分のみ。SankeiBizの記事では、環境影響評価調査計画書で事業区間としていない国際線ターミナル駅までの区間も国が建設する上に、西山手ルートは中央線、臨海ルートは舞浜駅へ直通する構想があるとしており、3ルートすべてを対象とした記事とも読める。「羽田空港駅を8往復に対応する構造にする」、つまり3ルート合計で16本という見方になるだろう。この部分は詳報を待ちたい。

■ライバルの京急電鉄も国が支援か

東京モノレールや京急電鉄の場合、羽田空港輸送が鉄道事業の柱となっている。JR東日本の参入で新たなライバルが登場することになる。そこに国が支援して介入するとは、穏やかではない。東京モノレールにとってはJR東日本が親会社だから、ぐっと堪えてクループとして相乗効果を図るという見方もあるだろう。しかし京急電鉄はどうか。

京急電鉄が2016年5月に発表した「京急グループ総合経営計画」のうち、「京急グループ中期経営計画(2016~2020年度)」の章では、事業リスクとして「羽田空港アクセスへの競合参入」と明記している。しかし、羽田空港そのものは国際線の発着便数の増加に伴って利用客数の成長が見込まれるから、羽田空港アクセスは成長要素でもある。

そこで京急電鉄は、中期計画で「羽田空港国内線ターミナル駅における引上線新設の検討推進」を掲げた。SankeiBizの5月12日付の記事「羽田新線を国が工事、JR借用で調整 当初案2倍超の本数確保」では、共同通信の報道をさらに掘り下げ、京急の引き上げ線の新設計画で「1時間当たりの運転本数を6本から9本に増やす方針」と補足している。

京急電鉄の引き上げ線計画は、現在の終点である羽田空港第1・第2ターミナル駅において、営業線とは逆方向に330mの複線を延長する。現在は駅に電車が到着し、乗客の降車・乗車の後、そのまま折り返して京急蒲田方面に向かっている。引き上げ線があると、駅に電車が到着し、乗客を降ろし、そのまま引き上げ線に進む。引き上げ線で待機した後、折り返して駅に戻り、客を乗せて出発する。

  • 引き上げ線で折り返すことにより、運転本数を増やせる

文章で説明すると余計な手間がかかったように思える。ただし、このほうが列車の運行本数を増やせる。その理由は「交差支障」にある。複線区間の終端駅の場合、駅の手前に分岐があると、分岐を通過中に上り線・下り線の両方をふさぐ時間ができる。これを「交差支障」という。これに対し、引き上げ線を設け、駅の後ろ側で交差させると、営業線上では「交差支障」が起きない。折り返しの時間調整は引き上げ線側で行われるため、列車の発着回数を増やせるというわけだ。

国が羽田空港の利便性向上を「国益」と考え、JR東日本の「羽田空港アクセス線(仮称)」を支援するというなら、京急電鉄の引き上げ線建設についても支援があって然るべき。そこの部分も抜かりなく進んでいる。

読売新聞の2020年1月20日付の記事「【独自】待避線330m延長へ、京急の羽田駅改修で輸送力25%向上…難工事予想」によると、「約300億円をかけ、車両が待避するための線路を約330メートル延長」「国交省は20年度に地質調査や設計を行い、早ければ21年度の着工を目指す」という。

約300億円の費用分担に関する詳細な記述はないものの、記事全体の主語が国土交通省となっているため、国が相当の負担をすると思われる。そうでなければフェアではない。いやむしろ、先に国が京急電鉄の駅改良の負担を示したことで、JR東日本の駅も支援することになったとみたほうが、時系列的に正しいといえる。全線を国が建設して「上下分離」とせず、一部施設にとどめたところも、京急電鉄とのバランスのように思える。

新型コロナウイルス感染症の影響で、2020年4月の訪日観光客は前年同月比99.9%減となった。しかし、人類が新型コロナウイルス感染症に勝利すれば、経済も観光も復調するだろう。いや復調させなければならない、という強い意思を感じる。そのためにも羽田空港の強化投資は必要になる。この時期に国が「羽田空港アクセス線(仮称)」の支援を決めた。これは鉄道業界・観光業界にとどまらない、非常に心強いニュースだ。