4月17日、JR札沼線北海道医療大学~新十津川間が運行最終日を迎えた。廃止日は5月7日で、当初は5月6日に運行を終える予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、4月16日に北海道が緊急事態宣言の対象地域となったことから運行最終日が繰上げに。4月17日の新十津川駅10時0分発(石狩当別行)が最後の列車となった。
その発表は前日の夜だったため、関心を持っていた人々は驚いたことだろう。しかし感染拡大防止、外出自粛、接触回避はいまや常識である。受け入れるほかない。
JR北海道としても、最終日まで運行し、有終の美を飾りたかったはずだ。そもそも鉄道マンとして仕事に誇りを持っている職員は、路線廃止自体に身を切られる思いだったに違いない。JR北海道における近年の路線廃止も悔しい。廃止を受け入れてもウイルスのせいで運行停止となった。そのつらい気持ちを抱えながらも、最後の運行を無事に終えた。結果良しと心得たい。
■廃止届から最終運行まで
札沼線とその廃止に至る経緯は、当連載第143回「JR北海道、札沼線北海道医療大学~新十津川間の廃止が確定的に」でも紹介した。この記事は約2年前、2018年10月の情報だった。その後、JR北海道は沿線自治体との合意の上で、2018年12月21日に国土交通大臣へ鉄道事業廃止届を提出した。廃止予定日は2020年5月7日となった。
鉄道の廃止届は、廃止予定日の1年以上前に提出すると法律で定められている。その1年間で関係者との協議が行われ、国土交通大臣から廃止が許可される。その流れで考えれば、廃止予定日は2019年12月21日としても良い。北海道医療大学~新十津川間の廃止理由は利用客数の減少による赤字を減らすためだった。JR北海道としては一刻も早く廃止したかったかもしれない。
他の路線の廃止においては、利用者の中に近隣の学校へ通学する生徒がいるため、年度の区切りとなる3月末に廃止という事例が多かった。北海道医療大学~新十津川間の廃止予定日が5月7日になった理由は、沿線自治体から「大型連休まで運行し、沿線の人々や全国から訪れる鉄道ファンとともに有終の美を飾りたい」という要望があったからだ。JR北海道はその気持ちを汲み取り、粋なはからいをしてくれたと思う。
JR北海道のお別れムードの演出は、廃止届提出の半年前から実施されていた。2018年7月、沿線の歴史や産業を学ぶツアー「まちもの語り」シリーズの一環で、「新十津川・浦臼まちもの語り ~『語りびと』が伝えるもうひとつの開拓の歴史~」が開催された。廃止届提出後の2019年には、「札沼線まちもの語り」の「新十津川編」「当別編」「月形編」「浦臼編」が開催されている。沿線の価値を伝え、廃止後の地域の観光需要を高める施策でもあった。
2019年11月には、観光車両「山明」号・「紫水」号を連結した「山紫水明」号のツアーを実施。12月から桑園駅、石狩当別駅、石狩月形駅、浦臼駅、新十津川駅で記念入場券を販売し、沿線の店舗利用で記念品を進呈するキャンペーンが行われた。廃止まで時間があったため、ゆっくり、じっくりとお別れ乗車のきっかけを作った。
その一方で、廃止前の混雑対策も行われた。JR北海道は4月3日、「2020年4月11日(土)から5月6日(水・休)までのうち14日間、浦臼折り返しの列車を新十津川まで臨時列車として延長運転」「5月2日(土)~5月6日(水・休)に石狩当別~新十津川間を運転する全列車を全車指定席として運転」と発表。新十津川駅発着の列車は5月2~6日に5両編成での運転を予定していた。北海道医療大学~新十津川間の5両編成はきわめて珍しい。多くの人々を迎えたいという気持ち、そして85年も稼働した区間への敬意を感じた。
ただし、その背景には新型コロナウイルス感染拡大の懸念があった。北海道は2月28日から3月19日まで、独自に緊急事態宣言を出し、期間終了後も外出自粛要請を続けていた。その後も新型コロナウイルスの脅威は続き、JR北海道や地元の人々、鉄道ファンらを落胆させていく。
4月7日に関東・関西を中心とした7都府県で緊急事態宣言が発令された後、JR北海道は4月15日、札沼線の廃止区間をゴールデンウィーク前に運行休止すると発表。この時点では、4月24日に一般向け最終運行、4月27日に沿線住民限定のラストラン運行を行う予定だった。しかし発表翌日に緊急事態宣言の範囲が拡大され、北海道も対象地域に入ったことから、4月16日夜の緊急発表、翌日の運行終了となった。
報道によれば、東京から翌朝の航空機で札幌へ向かい、レンタカーで駆けつけた者もいたそうだ。しかし道外の多くの人々にとって、駆けつけることは不可能になった。
■動画でラストランを心に刻む
現地に行くつもりで予定していた鉄道ファンにとって残念な幕切れとなったが、地元の人々を中心に、しっとりとお別れ、感謝の気持ちを示せたともいえる。鉄道路線の廃止となれば、全国から鉄道ファンらが集まる。その中には他者への配慮に欠け、見苦しい行いで迷惑をかける者もいる。大勢の人が動き出す列車や線路のそばに集まれば危険だ。しかし、大きなトラブルはなかった。
定期列車が1日1往復だけの新十津川駅は、「日本一早い最終列車が出る終着駅」として知られた。最終列車は新十津川駅を午前10時に発車する。晴天で明るい時間帯になったため、夜の最終列車よりも見通しが良く、安全ともいえた。
そして、現地からの動画ライブ中継がありがたかった。新十津川町は新十津川駅にライブカメラを設置しており、最終列車を画面で見守った人も多かっただろう。地元の鉄道ファンらも動画共有サイトでのライブ中継や投稿などで情報発信した。
とくに見事な動画はHTB(北海道テレビ)の空撮だ。新十津川駅の式典、最終列車の発車の様子から転じて、その最終列車を空撮で追いかける。YouTubeにもその様子を収めた動画が投稿されている。新十津川駅から北海道医療大学駅まで、さらに列車の終着である石狩当別駅までの区間を4分割し、それぞれ約20分の動画にまとめている。遠景と近景を切り替え、ときには広い視野で北海道の大地を映し出す。
動画を見ると、列車の様子、周辺の人々の暮らし、そして雄大な自然もよくわかる。2度と鳴らない踏切警報機、これが最後の仕事となる遮断機、もう音が響かない小さな鉄橋など、ひとつひとつにお別れができた。浦臼駅と石狩月形駅では長めに停車し、セレモニーが行われている様子も確認できた。
沿線や駅にはアマチュアカメラマンや見物の人が立っている。その一方で、線路付近の畑でいつものように耕運機を動かす人もいる。畑に整然と刻まれた耕運機の轍が面白い。畑と用水路、畑と林の境界など、線路周辺の風景は鉄道模型のジオラマを作る人にとって参考になりそうだ。背景の雄大な景色、併走する道路の立派なこと。
札沼線の新たな終着駅となる北海道医療大学駅は立派な建物で、大学と連絡通路で結ばれている。これなら列車通学も便利だろう。そこから石狩当別駅までの区間は建物が格段に増える。札沼線は北海道医療大学駅の前後でまったく異なる路線に見える。廃止も仕方ないと説得された気がした。
線路際には雪の残るところもあり、花の色が鮮やかなところもあった。本来の運行最終日だった5月6日頃は、きっと花がたくさん咲いているだろう。もしかしたら、その日のために花の種を撒いていた沿線の人々がいたかもしれない。そう思うと、最終運行の繰上げは本当に残念だ。
ただし、動画を観ると車内は満席。ボックスシートの密度は高そうだ。当初の予定通り運行されれば、札沼線の車両でクラスター(感染者集団)が発生するおそれもあっただろう。最終運行の繰上げは正しい判断だと思う。外出自粛の中、異例の最終運行となったが、現地に集まらずとも動画で景色を共有できた。カメラマン諸氏に感謝したい。