JR原宿駅の新駅舎が3月21日から営業開始した。今後、旧駅舎は解体され、跡地にほぼ同じデザインで新築されるという。新駅舎は機能性に優れ、たしかに便利だ。旧駅舎は神宮前交差点に向いていたため、明治神宮に行く場合は神宮橋を渡って迂回する必要があった。新駅舎では西口が新設され、すぐに明治神宮一の鳥居の前に出られる。通路は約3倍に拡張され、改札口も広くなって歩きやすくなった。

  • 原宿駅の新駅舎が3月21日に開業(写真:マイナビニュース)

    原宿駅の新駅舎が3月21日に開業。旧駅舎は閉鎖された

新駅舎の営業開始と同時に、明治神宮側の臨時ホームが常設化され、2面2線となって山手線内回り・外回りの利用者が分離された。新駅舎と改札口(表参道改札)は渋谷側に寄ったが、代々木側の竹下口は残され、新ホームからも地下通路で結ばれている。原宿駅周辺は週末を中心に若者や観光客で混雑していたから、その解消に役立つ設備となった。

新駅舎の1階にコンビニ「NewDays 原宿店」、2階にカフェ「猿田彦珈琲 The Bridge 原宿駅店」もオープンした。コンビニは表参道にも複数ある。しかし明治神宮側にはなかったから、明治神宮の参拝客にとっては便利だろう。JR東日本としても、従来の「NEWDAYS KIOSK」というミニ店舗から拡張され、駅直結の好立地にコンビニをオープンすることで、商業収入を期待できる。国鉄時代は近隣の民間業者を圧迫しないように副業が制限されていたから、まさにJRならではの攻めの施策といえる。

  • 原宿駅の新駅舎。表参道側に東口、明治神宮側に西口を設けた

カフェは恵比寿発祥の人気店「猿田彦珈琲」の新業態店舗で、店名の「The Bridge」は表参道から明治神宮にかけて架かる神宮橋と五輪橋が由来だという。ちなみに、「猿田彦珈琲」は昨年12月に表参道店を閉店している。表参道店は旅行会社とコラボしたユニークな店舗だったが、ビルの解体にともない閉店となった。表参道から原宿へ場所を移し、鉄道事業者と協業した新業態でオープンしたという見方もできる。

「猿田彦珈琲 The Bridge 原宿駅店」では、高級品種やウィスキー樽で熟成した豆を使い、1,000円前後の時価でコーヒーを提供するほか、原宿駅と共同開発した「原宿ブレンド」も提供。和菓子などのフードメニューも用意している。約140席を配置し、ゆったりとした空間で落ち着いたひとときを過ごせそうだ。

■解体後、建て替えられた建物は「旧駅舎」と呼べるか

原宿駅の旧駅舎は、関東大震災の翌年、1924(大正13)年に2代目駅舎として建てられた。建築から96年が経過し、都内最古の木造駅舎でもあった。西洋風の外観は「ハーフティンバー」という建築方式による。柱と梁で組み立てた後、それを隠さず装飾として使い、骨組みの間にコンクリートや漆喰などで壁を作る。屋根には銅板葺きの小さな尖塔が載っている。

その姿が、古くは「おとぎ話の絵本のよう」、最近では「中世世界をテーマとしたゲームやアニメに出てきそう」と言われ、人気だった。いずれにしても、長きにわたって原宿のシンボルとして人々に親しまれてきた。

  • 西洋風の外観で知られた原宿駅の旧駅舎

JR東日本が2016年に駅舎改良を発表し、新駅舎の概要図面を発表したとき、「旧駅舎を残してほしい」という声があった。JR東日本も認識しており、当時の報道では、「今後、旧駅舎をどうするかについては、地元の皆様や渋谷区のご意見も伺い、検討を進めて参ります」と回答している。発表された新駅舎の配置も、旧駅舎にかからない場所を示していた。もしJR東日本が利便性やビジネスだけで駅舎改良を検討したら、旧駅舎の敷地もすべて建て替え、駅ナカ店舗を充実させただろう。

その後の検討結果で耐震耐火性能が問題視され、旧駅舎の解体が決まったが、JR東日本は防火地域の基準に適した材料を使い、旧駅舎の意匠を再現して建て替える方針としている。今後は建て替えられた旧駅舎に対し、いままで原宿駅に深い思いを抱いていた人々が納得できるかに注目したい。それは「テセウスのパラドックス」に通じる問題でもある。

人気コミックとそれを原作としたテレビドラマのタイトルにもなった「テセウスの船」は、ギリシャ神話の英雄テセウスにちなむ哲学問題が由来となっている。アテネの人々はテセウスの軍船を保存していたが、木造だったため次第に朽ちていく。そこで、朽ちた部分を交換して維持した。しかし交換が続けば、やがて当時の部品はなくなり、すべて新品になってしまう。それは元の「テセウスの船」と呼べるのか。

原宿駅の旧駅舎についても、いまある建材をすべて解体し、新しい建材で建て替えたとして、その建物は「旧駅舎」と呼べるのか。呼べたとしても、いままで旧駅舎に寄せられた思いを受け止められる建物なのか。哲学的問題でもあり、賛否両論だろう。「懐かしい駅舎が再現されてよかった」と思う人もいれば、「こんなのは私が愛した駅舎ではない」と考える人もいるはず。これは駅舎だけでなく、あらゆる建築の建替えで起きる問題だ。

人間の細胞は、そのほとんどが新陳代謝によって数年から10年で入れ替わる。心臓の筋肉さえも半分は入れ替わるという。では、「10年前のあなた」は「いまのあなた」と別人だろうか。そんなことはない。性格は変わらないし、記憶は何十年経っても残る。そう考えると、駅舎などの建築物を建て替えても、記憶を残すアイテムがあれば、それは同じものと考えてもよいかもしれない。

駅の記憶を残すアイテムは何だろう。たとえば古い建材の一部を残すという方法がある。東京駅丸の内駅舎の復原工事では、ほとんどの建材を新しくする一方、赤レンガの一部を残し、露出させて見せている。原宿駅旧駅舎も、できればそうした場所を作ってほしい。建て替えた後も、人々が駅に抱く「思い出」や「郷愁」、そして「文化的価値」を維持できるか。納得できる演出が必要だ。