便利なはずのICカード乗車券で、最も不満とされる事象のひとつが「エリアまたぎ」問題。JR東日本エリアの駅から乗り、JR東海エリアの駅で降りると使えない。その逆も同じ。どちらも全国相互利用サービスの対象となっているため、JR東日本の「Suica」はJR東海の「TOICA」エリア内で利用できるし、「TOICA」も「Suica」「PASMO」エリア内で利用できる。しかし「エリアまたぎ」はできない。
9月20日、JR東日本とJR東海、JR西日本は、IC定期券の「エリアまたぎ」対応を発表した。開始時期は2021年春とのことで、1年以上先になる。これをきっかけに、オリンピック需要で高まるIC乗車券の対応も急いでほしい。
■「Suica」「PASMO」の直通利用は「例外」だった
「Suica」「PASMO」はそれぞれのエリアをまたいでも利用できる。関東エリアを中心に、各社間で相互直通運転が実施されているから、エリアをまたいで使えないと不便だろう。しかし、もともとこれらの措置は例外だった。
IC乗車券は基本的に「エリア内完結利用」が原則である。その上で全国相互利用サービスがあり、エリア内完結の場合に限り、他の地域に対応したIC乗車券を利用できる。
鉄道網が入り組む京阪神エリアも、JR西日本の「ICOCA」と関西私鉄の「PiTaPa」はそれぞれのエリア内限定である。「あれ? そうだっけ?」と思うけれど、JR西日本と関西の大手私鉄は相互直通運転を行っていない。乗り換えるときは必ず改札を通る。
JR東海の「TOICA」、名古屋鉄道・名古屋市営地下鉄などの「manaca」も直通利用はできない。JR東海と名鉄は豊橋駅の改札内で乗り継ぎができるけれども、IC乗車券の利用者は乗換改札機にタッチする必要があり、エリアはきっちり区分されている。
つまり、エリアが重複しているとしても、相互直通運転がない場合は全国相互利用サービスの扱いと同じ。エリアをまたいだ直通利用はできない。他社線との相互直通運転を行い、乗換改札機を設置できない場合に限り、エリアをまたいだ利用ができる。「ICOCA」と「PiTaPa」に関しては、なにわ筋線の開業によってJR西日本と南海電鉄が直通するタイミングで、エリア直通利用制度が検討されるかもしれない。
■JR同士は列車が直通していてもIC乗車券の直通利用は不可
「エリア内完結利用」がIC乗車券の原則。とはいえ、列車が直通運転する場合はIC乗車券も直通利用したほうが便利だ。それは誰もがわかっているはず。ところが、JR同士だと列車が直通してもIC乗車券は直通できない。不便である。
とくに熱海駅を境としたJR東日本・JR東海の「エリアまたぎ不可」は評判が良くない。熱海駅で会社をまたぐ東海道本線の普通列車は下りが毎日9本、上りは平日に6本、土休日に10本あるし、これらの列車に乗らなくても、改札を出ずに乗り継ぐ人は多い。これは国府津駅で東海道本線と御殿場線を乗り継ぐ人も同じ。また、修善寺駅発着の特急「踊り子」は熱海~三島間でJR東海の区間に乗り入れ、さらに伊豆箱根鉄道駿豆線へ直通する。乗客はIC乗車券を利用できず、うっかりIC乗車券で乗ってしまった場合、降車駅で面倒な精算手続きが必要になってしまう。
その不便さは、来年の東京オリンピック開催をきっかけに「解決すべき緊急課題」になった。
東京新聞の9月8日付の記事「改札機、『ピッ』と通れず JR東海・JR東日本 エリア混在、精算に課題」によると、東京オリンピックの会場は静岡県内にもあり、自転車トラック競技会場「伊豆ベロドローム」は修善寺駅が最寄り駅だという。オリンピック開催時は修善寺駅またはJR伊東線の伊東駅からシャトルバスが運行される。
東海エリアから伊東駅に向かう人は「TOICA」を利用できない。修善寺駅のある伊豆箱根鉄道はそもそもIC乗車券を導入していないため、タッチすべきIC乗車券用の改札機がない。「Suica」「PASMO」エリアから三島駅経由で伊豆箱根鉄道に乗り換えようとしても、「TOICA」エリアだからタッチ式の改札機は利用できず、精算が必要になる。
東京新聞の記事では、御殿場線の利活用推進協議会がJR東海に「Suica」対応を要請していることも紹介されている。毎年2月に下曽我駅付近で開催される梅まつりでも、「Suica」エリアの利用者から苦情があるという。JR東海のコメントも掲載されており、未対応の理由として運賃精算の範囲が格段に広がること、タッチ精算の速度に限界があることなどを挙げている。
■IC定期券は改善「SuicaとTOICA」「TOICAとICOCA」で
JR東日本、JR東海、JR西日本が9月20日に発表した報道資料「在来線および新幹線におけるIC定期券のサービス向上について」では、在来線のIC定期券について、2021年春から「エリアまたぎ」に対応することが示された。利用者の不便はJR各社も認識しており、まずは需要の多い定期券から取り組むようだ。
また、JR東海は「TOICA」エリアを熱海駅、国府津駅、米原駅まで拡大する。これらの駅はJR東海の列車も発着するとはいえ、「TOICA」対応の自動改札機は設置されていなかった。熱海駅と国府津駅はJR東日本の管理駅、米原駅はJR西日本の管理駅だったためだ。いままでJR東海の路線だけを利用しているのに、これら3駅の利用者は「TOICA」を利用できなかった。これも朗報だろう。
ただし、「エリアまたぎ」対応のIC定期券を持っていても、定期券区間外を乗車する場合は、チャージ金額があっても自動改札機を利用できない。つまり、IC乗車券の用途については「エリアまたぎ不可」という原則は変わらない。
■オリンピックこそ解決のチャンス?
2020年東京オリンピックで、静岡県内の開催地は2カ所。「伊豆ベロドローム」のある伊豆サイクルスポーツセンターでは、もうひとつ「伊豆マウンテンバイクコース」もある。また、富士スピードウェイは自転車ロードレースのゴール地点となっている。富士スピードウェイの最寄り駅はJR御殿場線の御殿場駅である。
伊豆サイクルスポーツセンターについては、「TOICA」エリアの乗客が三島駅を利用し、「Suica」エリアの乗客が伊東駅を利用すれば、ICカード乗車券問題を回避できるだろう。しかし、「Suica」の利用者が修善寺に宿泊するとなれば、伊豆箱根鉄道から三島駅を経由するルートでの利用も考えられる。一方、御殿場駅は「Suica」でタッチできないから精算が必要になる。新宿方面から小田急ロマンスカーで直通する利用者もいるため、現在も指定券を購入する際に周知させている。
「Suica」の直通利用ができない場合は、善後策としてチケット販売時に周知徹底させる、または「修善寺オリンピック観戦きっぷ」などを設定して「Suica」利用よりも大幅に割引し、利用を促すなどの工夫が必要だろう。しかし、この際、抜本的な解決を望みたい。
前出の東京新聞の記事によれば、JR東海とJR東日本のICカード相互利用によって精算範囲が広がり、改札通過の処理が追いつかなくなるという。しかし、「Suica」「PASMO」相互間も膨大なパターンがあり、いまのところ支障なく使えているから、処理速度問題は疑わしい。むしろ、膨大なパターンをあらかじめデータ化するための作業費の問題ではないか。
それなら話は簡単で、国がオリンピック関連事業として補助してほしい。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を推進する国土交通省が、会社が異なるからIC乗車券を直通できないとはみっともない。国家の沽券(こけん)に関わるではないか。
もっとも、本来は補助がなくても、JR各社はこの機会に取り組むべきだった。こんな問題も解決できずに、「我が社はMaaSに取り組んでいます」と胸を張れるか。
■経由判定技術の開発も必要
もうひとつ問題があるとすれば、「国府津駅経由問題」だろう。御殿場線沿線から東海道本線函南~沼津間の駅まで利用した場合、IC乗車券では国府津駅経由か沼津駅経由か判定できない。沼津駅経由であればすべてJR東海の区間である。国府津駅経由であればJR東日本の区間を経由するため、JR東日本へ精算が発生する。
この問題は現在も起きているはずで、御殿場線の山北駅と東海道本線の函南駅との間では国府津駅経由のほうが速い。料金は沼津駅経由・国府津駅経由ともに970円だけど、経由地によって取り分が異なる。「TOICA」を使って国府津駅経由で移動した場合、JR東日本の区間である国府津~熱海間が「タダ乗り」状態になっている。なんらかの形で精算されると思われるけれど、経路が証明されないから正確には算定できない。IC定期券の「エリアまたぎ」を可能とした理由は、「あらかじめ経由駅が指定されているから」と思われる。
この経由判定の問題が解決できれば、もうひとつ解決できそうな場所がある。りんかい線とJR京葉線の直通運転だ。りんかい線はもともと国鉄の貨物線として建設され、京葉線と線路がつながっている。両線を直通する臨時列車が走った実績もある。しかし、相互直通運転が実施されない理由は、埼京線~りんかい線~京葉線というルートで直通運転を行った場合、りんかい線経由かJR線経由か判定できないからと言われてきた。
技術で解決するか、制度設計で解決するか。いずれにしても、利用者が便利に使えるための工夫が必要になる。IC定期券で解決の兆しが見えた。ぜひ、東京オリンピック開催をチャンスとして、IC乗車券の「エリアまたぎ」にも取り組んでほしい。