7月18日、秋田新幹線の在来線区間である赤渕~田沢湖間に新たなトンネルを建設するための促進協議会として「秋田新幹線防災対策トンネル整備促進期成同盟会」が設立された。参加団体は31。内訳は秋田県秋田市、大仙市、仙北市、美郷町と、岩手県盛岡市、滝沢市、雫石町の5市2町と、それぞれの自治体の議会、商工会、観光協会。会長に大仙市長が就き、秋田県知事が顧問となった。
赤渕~田沢湖間は岩手県と秋田県の県境を含む区間で、現在は岩手県側が竜川と志戸前川、秋田県側は玉川に沿った谷沿いであり、分水嶺に約3.9kmの仙岩トンネルがある。奥羽山脈越えの険しい区間で、トンネル以外は谷底を這うような線路となっている。豪雪地帯であり、雪のない時期もたびたび豪雨に見舞われ、1時間あたり50ミリ以上の降水量があった場合、運休せざるをえないという。
この問題を解決する手段として新トンネル構想が浮上した。赤渕~田沢湖間 のうち、約15kmをトンネルにする。この区間は現在、最高速度130km/hで、しかも短距離にとどまっていた。新トンネルは直線的だから、ほとんどの区間を160km/hで走行できる。JR東日本の試算によると、所要時間は約7分短縮可能だという。現在、秋田新幹線「こまち」の東京~秋田間の所要時間は最短で3時間37分だから、新トンネルの開通とダイヤの工夫によって3時間半を切れる見通しもある。約7分短縮は絶妙な見積といえる。
ただし、この構想は高速化以上に遅延と運休の解消がおもな目的だろう。秋田県にとって、秋田新幹線の遅延と運休は深刻な問題となる。秋田新幹線「こまち」は年間220万人以上と、秋田県の総人口99万5,374人(2017年10月時点)の2倍以上に及ぶ利用者がいる。人口の減少傾向が続くだけに、観光やビジネスなどの交流人口を増やし、定住人口につなげるためにも、秋田新幹線は秋田県の生命線となっている。
JR東日本にとっても、交流人口の増大は重要だろう。JR東日本は首都圏の強い需要を抱える一方で、東北地方は人口が少なく、鉄道を支えられるほどの需要はない。そこで首都圏の人々を東北地方へ誘う観光キャンペーンに力を入れている。しかし、秋田の観光輸送については航空路がライバルとなる。
航空路の東京羽田~秋田線の年間利用者は約90万人とされている。秋田新幹線の半分以下だけど、秋田空港の稼働率は優秀で、航空便の欠航率は1%を少し超える程度。年間平均搭乗率は約70%で、航空路線としては優秀な部類に入る。空席率30%は伸び代ともいえる。航空需要が増えると機材の大型化で対応できるから、秋田新幹線の運休や遅延が増えることで、航空路線への依存度が高まるおそれがある。
加えて、JR東日本にとって秋田新幹線の遅延は、他の路線にも広範囲に影響する。「こまち」は盛岡駅から「はやぶさ」と併結運転となるため、遅延すれば東北新幹線に影響する。東北新幹線が遅延すれば、東京~大宮間で合流する上越新幹線や北陸新幹線にも影響する。JR東日本にとって、7分の所要時間短縮よりも、遅延や運休の解消が重要になる。
新トンネル構想は2010年12月の秋田県議会で議員から提案され、知事が「国及び地方を取り巻く社会経済情勢を踏まえると早期の実現は困難だが、本県の持続的な発展につながる長期的な構想として位置づける」という趣旨の回答をしていた。
これを踏まえて、JR東日本も輸送障害の解決のため、2015年5月から地質調査に着手。河北新報2018年6月1日版「<秋田新幹線>JR東、新ルート検討 岩手県境にトンネル、防災強化し運行安定化へ」によると、2017年11月に秋田県に対して「整備費用がかかっても維持費は少なく、災害に強いなどのメリットがある」と説明したという。
ただし、JR東日本が提示した整備費用は約600億~700億円と報じられている。JR東日本は単独の整備ではなく、自治体や国の負担を要請する意向としている。現在の枠組みでは、国の「幹線鉄道等活性化事業費補助制度」により、国から「総費用の2/10」の補助金が見込めるという。この補助金は「関係地方公共団体から受ける出資金及び補助額の合計額以内」と定められており、国から満額の補助を受ける場合は、自治体も2/10以上の補助金を拠出する必要がある。
JR東日本の負担は6/10となるけれども、自治体側は「JR東日本にとって高額な負担になるほど、事業計画の優先順位が下がる」と懸念している。そこで、国に対して補助増額などの働きかけをしていきたい。これが「秋田新幹線防災対策トンネル整備促進期成同盟会」の設立趣旨となった。「秋田新幹線高速化」ではなく「秋田新幹線防災対策」の文字が入るところに、列車を「速くする」というより「止めたくない」との意向が見える。
JR東日本によると、新トンネルの工期は約11年とのこと。これから国の予算獲得に動くと、早ければ2019年に審議する2020年度予算となる。そこから環境アセスメントなどの手続きに入って着工だから、完成は早くても2030年度以降となりそうだ。
ところで、鉄道ファンにとってはもうひとつ気になることがある。新トンネルが完成した場合、旧トンネル区間はどうなるか。赤渕~田沢湖間には駅がない。つまり、田沢湖線の普通列車さえ通る必要がない。この区間の普通列車は4往復だけ。維持費やトンネルの建設趣旨を考えれば、旧線は廃止となるのではないか。
ただし、新トンネルが単線の場合、旧線を残せば複線化となる。現在は2か所にすれ違い設備があり、これも秋田新幹線の所要時間の伸び悩みにつながっている。複線化ならスムーズな運行が可能だし、自然災害時だけ新トンネル運用で……とは考えられないだろうか。
いや、これは冗談。「新トンネルよりも旧区間のほうが景色がいいのに……」という「乗り鉄」ならではの迷いごとだ。ただ、旧線を単なる廃止ではなく、再利用する方法も今後は検討してもらえたらと思う。