「平成30年7月豪雨」と命名された7月6~8日の記録的な大雨は、九州から東日本にかけて広い範囲で大きな被害をもたらした。鉄道路線の被災も多く、地域輸送が寸断されている。長距離貨物列車も運休し、トラック輸送も停滞している。流通網のダメージは、日本全体の経済に影響を与えつつある。

赤字の地方鉄道路線の場合、鉄橋流出や土砂災害などで不通になると、復旧させる前に存廃論議が始まってしまう。赤字路線のいくつかはそのままバス代行輸送に移行し、鉄道事業を廃止するおそれがある。「平成30年7月豪雨」の被害状況は国土交通省がまとめており、鉄道の被害についても報告されている。鉄道事業者のウェブサイトを見ると、復旧の取組みも始まっており、状況は刻々と変わっている。筆者が7月9日までにまとめたところでは、不通区間は10社、32路線、48区間にのぼった。本稿掲載時はさらに減っていくだろう。不通区間のリストが早期にゼロになってくれることを期待したい。

  • 2018年7月9日17時時点の不通区間(1)。JR北海道、JR東海も影響した(国土交通省および各社の運行情報を元に作成)

  • 2018年7月9日17時時点の不通区間(2)。JR西日本の被害が大きい(国土交通省および各社の運行情報を元に作成)

  • 2018年7月9日17時時点の不通区間(3)。JR四国は稼ぎ頭の予讃線が寸断(国土交通省および各社の運行情報を元に作成)

  • 2018年7月9日17時時点の不通区間(4)。地方鉄道も深刻な被害を受けている(国土交通省および各社の運行情報を元に作成)

JR東日本では目立った被害はなかったようだ。しかし豪雨被害が始まった7月6日、偶然にもJR東日本は2017年度の駅別乗車人員等のデータを公開している。これを受けて駅のランキングを紹介した記事も多かった。ベスト10は前年と変わらず。ただし、増加率において渋谷駅は減少に転じた。東急東横線・東京メトロ副都心線の直通効果に加えて、渋谷地区再開発によって、一時的に駅至近の商業施設が減少した影響もあるかもしれない。

本稿では、同時に公開された「路線別ご利用状況」に注目する。JR東日本の全路線について、2017年度の平均通過人員を集計した一覧も公開された。平均通過人員は、特定の区間について1日1kmあたりの利用者数を示す。公共交通機関としての鉄道の利用度を示す数字といえる。輸送密度とも呼ばれる。輸送密度は貨物輸送でも使われる言葉だから、旅客輸送に限れば平均通過人員となる。

路線の収支が赤字であっても、一定の利用者数があれば、廃止によって地域に与える影響は大きい。逆に利用者が少なければ、鉄道である意味が希薄と判断される。平均通過人員が極端に低いと、赤字額が大きくなって経営を圧迫する。公共性にも疑問符がつき、民間企業で維持すべきかという問題になる。

たとえばJR北海道の場合、「輸送密度(平均通過人員)が2,000人未満」の路線は自社単独では維持が困難と表明した。このうち、輸送密度が200人未満の場合は鉄道事業廃止、バス転換の意向となった。輸送密度200人以上2,000人未満の線区については、鉄道で維持する場合は地域の協力を要請する意向だ。上下分離、加算運賃、運行本数減などだ。

鉄道路線の運営の厳しさについて、鉄道事業者に差異はない。JR北海道は企業自体の体力が小さく、赤字路線の維持が難しい。JR東日本は多角経営効果もあって、なんとか維持しているという状況だ。では、JR東日本が公表した数字をJR北海道方式の判断基準に当てはめるとどうなるか。

JR東日本において平均通過人員が200人未満の線区
路線名 区間 平均通過人員
久留里線 久留里~上総亀山 103
陸羽東線 鳴子温泉~最上 101
飯山線 戸狩野沢温泉~津南 124
津軽線 中小国~三厩 106
米坂線 小国~坂町 175
花輪線 荒屋新町~鹿角花輪 89
北上線 ほっとゆだ~横手 126
只見線 会津坂下~会津川口 190
只見線 会津川口~只見 30
只見線 只見~小出 113
山田線 上米内~宮古(代行バス) 124
JR東日本において平均通過人員が200人以上2,000人未満の線区
路線名 区間 平均通過人員
中央本線 辰野~塩尻 592
越後線 柏崎~吉田 806
上越線 水上~越後湯沢 727
上越線 越後湯沢~ガーラ湯沢 810
奥羽本線 新庄~大曲 960
奥羽本線 大館~弘前 1,171
大糸線 信濃大町~南小谷 673
吾妻線 長野原草津口~大前 379
弥彦線 弥彦~吉田 504
羽越本線 新津~新発田 1,413
羽越本線 村上~鶴岡 1,803
羽越本線 酒田~羽後本荘 1,033
男鹿線 追分~男鹿 1,951
磐越西線 喜多方~五泉 466
水郡線 常陸大宮~常陸大子 1,001
水郡線 常陸大子~磐城塙 236
水郡線 磐城塙~安積永盛 1,043
烏山線 宝積寺~烏山 1,459
磐越東線 いわき~小野新町 320
石巻線 小牛田~女川 1,273
小海線 小淵沢~中込 734
鹿島線 香取~鹿島サッカースタジアム 1,157
久留里線 木更津~久留里 1,591
陸羽東線 古川~鳴子温泉 1,073
陸羽東線 最上~新庄 394
八戸線 鮫~久慈 507
大船渡線 一ノ関~気仙沼 836
釜石線 花巻~釜石 785
五能線 東能代~五所川原 492
五能線 五所川原~川部 1,637
飯山線 豊能~戸狩野沢温泉 1,404
飯山線 津南~越後川口 421
大湊線 野辺地~大湊 572
津軽線 青森~中小国 740
陸羽西線 新庄~余目 401
米坂線 米沢~小国 501
花輪線 好摩~荒屋新町 441
花輪線 鹿角花輪~大館 579
北上線 北上~ほっとゆだ 424
只見線 会津若松~会津坂下 1,191
気仙沼線 前谷地~柳津 246
山田線 盛岡~上米内 375
山田線 宮古~釜石(代行バス) 281

JR北海道であれば鉄道廃止対象となる区間が11。上下分離など地域に負担を求める区間が43もあった。JR東日本はこれまで、国鉄時代に廃止が決まった路線や新幹線の並行在来線となる路線は廃止している。発足から今日まで、収支の赤字だけを理由に廃止した路線はない。現在も運行している路線は赤字であっても維持していく。

既存路線の維持は、国鉄分割民営化の後、JR発足の根拠となる「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」の第2条2項に定められた「国鉄改革後の路線の維持と利用者の利便性の確保」を遵守しているからだ。

しかし、災害が発生した場合の復旧には消極的だった。東日本大震災の被災路線はBRTでの仮復旧を推進した。BRTが鉄道よりも「利用者の利便性の確保」になるという考えのようだ。只見線の被災区間もバス転換を提案した。結果的には鉄道として復活させて、地元の復旧費負担の上で、上下分離化に落ち着いた。維持には積極的、復旧には消極的だ。

6月15日に「鉄道軌道整備法の一部改正案」が参議院で可決され、黒字の鉄道事業者の被災路線に国が補助できるようになった。しかし無条件に救われるわけではない。この法律で救済される路線は「民生の安定のために必要」という条件が付く。「鉄道であることが地域の暮らしに本当に必要か、しっかり議論しなさい」という意味合いを持つ。

JR東日本が今回発表したデータは、「路線別ご利用状況」としつつ、利用者の少ない区間を目立たせているように見える。路線ではなく「区間」ごとに鉄道を存続させる意味を問いたいというメッセージではないかとも読み取れる。被災してから復旧へ向けた活動をするよりも、いま、その路線が必要か否か。JR東日本は「路線別ご利用状況」を公表することで、地域と社会に鉄道の意味を問いかけているようだ。