産経ニュースの12月5日付の記事「運休相次ぐ山形新幹線…トンネル新設の工事費は1500億円 JR東、事業化の是非を検討」によると、JR東日本は山形新幹線の運休、遅延対策として、原因となる庭坂~米沢間のトンネル建設を検討しているという。試算した工事費は約1,500億円で、フル規格新幹線対応とした場合は120億円の加算となる。フル規格化は山形県が要望しているとのことだ。
このニュースより前にも、11月30日に時事ドットコムが「福島-山形間の県境トンネル、新設1500億円=JR東が試算」、河北新報が12月1日に「<山形新幹線>福島・山形県境のトンネル新設に1500億円 JR東、試算」として報じた。河北新報によると、山形新幹線は年間で約200回も運休や遅延が起きているという。原因は福島県と山形県にまたがる山岳区間で、豪雪、豪雨が発生するからだ。
山岳区間のトンネル化は山形県から強い要望がある。JR東日本にとっても、山形新幹線区間の遅延は懸念事項だ。山形新幹線のダイヤが乱れると、新幹線区間で併結運転を行う東北新幹線「やまびこ」も影響を受ける。東北新幹線のダイヤが乱れると、東京~大宮間で乗り入れる上越新幹線、北陸新幹線のダイヤも影響を受け……というように、北陸から北海道にかけての新幹線網全体に影響が及ぶ。
トンネル事業の試算については、時事通信と河北新報が先んじて報じた。産経ニュースでは、トンネルを建設する区間は約22kmで、奥羽本線の米沢~庭坂間と具体的に報じている。米沢~庭坂間はどこか……と地図を確認すると、鉄道ファンには連続するスイッチバック駅と峠駅の「峠の力餅」で知られる板谷峠を通るルートだった。
山形新幹線といっても、福島~山形~新庄間の正式な路線名は奥羽本線だ。板谷峠を含む福島~米沢間の開業は1899(明治32)年で、なんと118年前。1949年に直流電化、1971年に複線化が完成した。途中駅の板谷駅、峠駅、大沢駅がスイッチバック式の駅だった。
1990年に山形新幹線を直通させるため、改軌工事とともにスイッチバックは解消されたけれども、3駅連続スイッチバックからもわかるように峠の難所だ。普通列車の停車時間が長かったこともあり、峠駅では名物の「峠の力餅」が売れた。現在、峠駅は無人駅となっているけれど、「峠の力餅」の立ち売りは健在だという。
こうした難所を回避するためにトンネルを掘る。実現すれば、東京~山形間の所要時間は10分程度短縮される見込みだという。現在の最速列車は下り「つばさ131号」(東京発新庄行)で、東京駅9時24分発・山形駅11時50分着、東京~山形間の所要時間2時間26分だ。山岳区間のトンネル化が実現することで、計算上の所要時間は最速2時間16分前後になる。他の列車を見ると、所要時間はおおむね2時間40分前後となっており、トンネル開通で「東京~山形間2時間半」というキャッチフレーズが使える。
仮に全列車が2時間10分台になると、所要時間短縮は最大30分になりそう。この時短効果は大きい。最も大きな効果は自然災害による運休や遅延が減ること。これは東京~山形間だけでなく、JR東日本の新幹線網全体に利点がある。
報道で気になるところは「フル規格新幹線対応にした場合は120億円の加算」という部分だ。もともと山形新幹線はフル規格で建設してほしいとの要望があった。しかし、1980年代はオイルショックの影響による不景気が続き、国鉄の財政赤字問題が過熱。整備新幹線を建設できる状況ではなかった。奥羽本線を改良し、新幹線を直通させる「新在直通」は苦肉の策だった。
景気が回復基調になった2010年頃から、山形新幹線のフル規格化を望む声が高まっているという。近年は地方創生とインバウンドによる観光活性化に期待する背景もある。そこで山形新聞は、2017年1月1日から「山形にフル規格新幹線を」と題したキャンペーンを展開し、現在まで46本の記事を掲載している。
JR東日本の試算にフル規格化の項目が加えられた理由は、こうした地元からの強い要望があったからだろう。いますぐにとは言わないまでも、将来、フル規格新幹線を建設するなら、また新たにトンネルを掘らなければならない。それは二重投資として大きすぎる。だからあらかじめ、新トンネルにフル規格新幹線の種をまいておきたい。もうひとつトンネルを掘ることを考えたら、120億円の追加は安上がりと思える。
問題は財源だ。もともと山形新幹線区間は、奥羽新幹線として1970年の全国新幹線鉄道整備法によって基本計画路線となっている。しかし、全国新幹線鉄道整備法によって政府が決定した「整備新幹線」には含まれていない。山形新幹線は、基本計画路線から整備新幹線への格上げを待てず、在来線の改良という名目で実施された経緯がある。
したがって、山形新幹線は整備新幹線のように「鉄道・運輸機構が保有し、JR東日本に貸し出す」という枠組みではなかった。山形県などが出資する「山形ジェイアール直行特急保有株式会社」を設立し、山形新幹線直通に向けた改良工事を実施。線路を保有し、JR東日本に貸し付けるという枠組みだった。当初は山形新幹線用車両400系も「山形ジェイアール直行特急保有」が保有していた。
山形新幹線をフル規格で建設するとしても、従来の鉄道・運輸機構の枠組みを使うためには、現在の整備新幹線の完成待ちになる。北陸新幹線大阪延伸、北海道新幹線札幌延伸の次の段階となるだろう。しかも、各地で順番待ちとなっている新幹線基本計画の後になる。山形新幹線はすでにミニ新幹線として整備されてしまったため、優先度は低いかもしれない。早期実現のために「山形ジェイアール直行特急保有」の枠組みを使うという選択肢もある。しかし地元負担は大きくなる。
もうひとつの課題は並行在来線問題。仮に福島~山形間でフル規格新幹線を建設するとなった場合、在来線の改良ではなく新線が建設されることになり、現在の福島~山形間は並行在来線になる。この路線を、市民が山形と福島を安価に行き来するルートとして残すべきか否か。さらに、フル規格か否かにかかわらず、板谷峠を貫くトンネルが開通し、「つばさ」がトンネル経由となった場合、従来の区間の扱いはどうなるか。
現在の板谷峠区間の乗降客数は非常に少ない。赤岩駅は2017年3月のダイヤ改正から休止となり、普通列車もすべて通過している。山形県が公開している「山形県の鉄道輸送 平成26年度版」によると、2004年度の板谷駅と関根駅は5,800人(1日平均15.8人)。峠駅は3,700人(1日平均10.1人)。大沢駅は1,100人(1日平均3.0人)となっている。
データが少し古いけれど、各駅とも2005年度以降は無人駅となったため、推計値がない。それまでの傾向として減少が続いているため、現在の利用者数はもっと少ないだろう。また、この区間は改軌されているので貨物列車の運行はない。その意味でも存続の理由は少ない。新トンネルの建設問題は、現在の板谷峠区間の存廃問題とも関連しそうだ。