上野~札幌間を結んだ寝台特急「北斗星」の運行が終わった。「北斗星」を紹介する雑誌、ムックなどはいくつか出版されている。その中でも本書『「北斗星」乗車456回の記録』の魅力は、乗客として「北斗星」と運命的に出会い、乗客としてこの列車とともに歩んだ逸話である。「北斗星」とはどんな列車だったのか、著者である鈴木周作氏の豊富な経験が1冊に凝縮されている。ブームに乗った付け焼き刃の乗車体験記ではない。
データ集ではなく「バーチャル紀行」を楽しむ本
著者の鈴木周作氏はイラストレーターだ。独立する前はシステムエンジニアだった。ある日、多忙な業務から開放された鈴木氏は、人気列車「北斗星」のチケットを手に入れて、あてもなく北海道へ旅立つ。旅の目的だった「北斗星」が、やがて北海道へのスケッチ旅行の手段となった。札幌に移住後も、彼は「北斗星」に乗り続けた。打ち合わせや取材の移動手段として、動くアトリエとして、旅の行程に組み込んで……。彼の乗車記録は、いつしか「北斗星」の歴史そのものになった。
本誌連載「鉄道トリビア」でも、第27回「寝台特急『北斗星』に……344回も乗った人がいる!」、第294回「「北斗星」に456回乗った鈴木さんと「457回目の旅」をした!」の2回にわたり、そのいきさつについて紹介している。このときは鈴木氏の人柄を紹介させていただいたので、今回は著書について、この時期に改めて紹介したい。
まず題名が衝撃的だ。あの「北斗星」に456回も乗るなんて。それをすべて記録したなんて。それゆえに、本書はデータ集や豆知識集だと誤解されそうだ。「初めての北斗星」「もっとも○○だった北斗星」、1回目の記録、2回目の記録……そして456回目の記録など。しかし、本書の内容は書名から受ける印象とは違う。淡々した乗車記録ではなく、鈴木氏の思い出を散りばめた「バーチャル旅行」への誘いである。この本を読めば、いつでも「北斗星」に乗った気分に浸れる。
情報も思い出もたっぶりと
本書の構成は、第1章「上野駅13番線」、第2章「上野~黒磯」、第3章「黒磯~松島」……と続き、第6章の「函館~札幌」で終わる。つまり、上野発札幌行の「北斗星」の上野駅入線から札幌駅到着までの乗車体験を紹介していく。読者は「北斗星」を知り尽くした著者のガイド付きという贅沢な旅行を疑似体験できる。その中には、「乗車前に食料や飲み物を確保しましょう」とか、「最後尾車両から北斗星同士のすれ違いを眺めましょう」など、夜行列車の旅のアドバイスもふんだんに盛り込まれた。
区間ごとの景色、機関車交換や通過駅の紹介も詳しく、下り「北斗星」に起きるイベントを余すところなく伝えている。ロビーで休憩、個室は真っ暗にして星を眺められる……など、車両設備や乗り心地も、実際に何度も乗車し、すべての設備を体験した鈴木氏でなければ語れない。同じB寝台個室「ソロ」でも、製造年や所属会社によって鍵の仕様が違うなど、一度乗っただけでは気づかない知識も楽しい。「北斗星」に乗った経験がある人なら、思い出を共有できるだろう。「北斗星」に乗れなかった人は、本書を読むことで、「北斗星」に乗った気分になるはずだ。
その疑似体験に重なるように、鈴木氏の旅の思い出も語られる。「夢空間北斗星」や「北斗星小樽号」など、珍しい列車の体験もある。いわば常連となった鈴木氏は、「北斗星」の車掌や、食堂車のアテンダントたちとも顔見知りになる。お互いにプライベートには踏み込まず、「北斗星」という場だけの出会いと別れが繰り返される。その中で、鈴木氏は彼らの仕事への真摯な取り組みや、「北斗星」への思いを感じ取っていく。
その中でも印象的な場面は、東日本大震災直前の列車と、運行再開の初列車の思い出だ。札幌に住む人々にとって、東京行の列車が消えたという虚しさ。物資が整わない中で、乗客へのサービスに苦心する食堂車のアテンダント。被災地を通過する景色への思い。その文章は、鈴木氏の本業の水彩画のように、優しい筆遣いで描かれている。
「実用的な夜行列車」を後世に伝えたい
本書は2015年2月に出版された。当時は「北斗星」が定期列車での運行を終える直前で、ネットやテレビなどのメディアにも多く紹介された。8月まで運行される臨時列車に乗る人に向けた車窓解説、初めて「北斗星」に乗る人向けのガイドブックとして便利な本だった。「鉄道トリビア」でも、鈴木氏の人柄を紹介する中で出版をお伝えしている。
しかし、本書そのものの紹介は当時ではなく、臨時列車の運行も終えた後のこの時期を選んだ。その理由は、本書の「資料的価値」に注目したからだ。寝台特急「北斗星」の始まりから終わりまでを克明に記した本書の価値は、これから乗る人向けの指南書だけではない。「北斗星」にとどまらず、寝台特急とは何か? というテーマも掲げているように感じた。
鈴木氏が「北斗星」に乗り続けた理由は「好きだから」だけではない。彼にとって「実用的」だったからだ。「食堂車」も含めて、実用的な旅の手段の完成形が「北斗星」だった。
青函トンネルは来年春から新幹線が走るようになり、夜行列車の急行「はまなす」、寝台特急「カシオペア」も運転取りやめが発表された。東京駅から山陰・四国方面へ向かう寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」も、今後、車両を更新してまで走り続けるかどうか……。その一方で、豪華クルーズトレインのデビューが続く。しかしクルーズトレインはレジャーのための列車だ。「目的地へ向かう時間を有効活用する」という意味では実用的ではない。同じ夜行列車でも、寝台特急とクルーズトレインでは存在意義が違う。
「北斗星」が廃止されたいま、本書は「思い出語りの本」だろうか? 筆者は違うと思う。これから先、「北斗星」を知らない若い世代が大人になり、鉄道会社に勤めて、列車を企画する立場になったとき、再び「実用的な夜行列車」が必要になるかもしれない。そのときに「北斗星とはどんな列車だったか」を疑似体験してもらいたい。本書は郷愁から生まれた理想論よりも説得力がある。
「北斗星」の運行は終了したけれど、本書には未来がある。1988年3月13日から2015年8月22日まで、27年以上も走り続けた「北斗星」の真実の記録として、これからも役目を果たしていくだろう。
『「北斗星」乗車456回の記録』で語られる列車・車両など
寝台特急「北斗星」 | 1988年3月13日から運行開始。2015年8月22日の札幌発の列車を持って運行終了 |
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寝台特急「北陸」 | 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて福井へ。「北陸」は2010年3月13日運行終了 |
寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」 | 鈴木氏が大阪駅から上り列車に乗り、「北斗星」と組み合わせて札幌へ帰る |
寝台特急「さくら」 | 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて長崎へ |
寝台特急「あかつき」 | 鈴木氏が「北斗星」・東海道新幹線と組み合わせて長崎へ |
寝台特急「はやぶさ」 | 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて博多へ |
寝台特急「富士・はやぶさ」 | 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて広島へ |
黒磯訓練 | 「北斗星」の客車を使った試運転列車 |
急行「はまなす」 | 定期運転を行う最後の夜行急行列車 |
寝台特急「カシオペア」 | 「北斗星」とすれ違う |
寝台特急「あさかぜ3号」 | 鈴木氏が初めて乗ったブルートレイン |
寝台特急「出雲1号」 | 鈴木氏が初めて利用した食堂車 |
オハニ36形製造番号7 | 鈴木氏が山陰本線で乗った旧型客車。現在は大井川鐵道で保存 |
寝台特急「瀬戸」 | ラウンジ車両にパンタグラフが付いていた |
寝台特急「富士」 | 食堂車がバイキング方式だった |
寝台特急「北斗星トマムスキー号」 | 根室本線新得駅まで延長運転した列車 |
寝台特急「北斗星小樽号」 | 札幌駅から小樽駅まで延長運転した列車 |
寝台特急「北斗星ニセコスキー号」 | 小樽駅から札幌駅まで延長運転した列車 |
寝台特急「夢空間北斗星」 | 豪華客車「夢空間」を連結した列車 |
寝台特急「トワイライトエクスプレス」 | 大阪と札幌を結んだ寝台特急。鈴木氏が福井出張のときに乗ってみたという |
十和田観光電鉄 | 鈴木氏がモハ3401形のイラストを描き、ポストカードとして販売された |
南部縦貫鉄道 | 鈴木氏の思い出のレールバス |
えちぜん鉄道 | 鈴木氏の現在のイラストワークのテーマ |
EF81形 | 「北斗星」を牽引した機関車。その最終運用日に鈴木氏は乗車していた |
EF510形 | 「北斗星」の新型牽引機関車。青い車体は「北斗星の完成形」 |
ED79形 | 「北斗星」の牽引機関車。青函トンネル専用機 |
DD51形 | 「北斗星」の牽引機関車。北海道内専用。重連の理由が語られる |
「SLはこだてクリスマスファンタジー号」 | 運良く(?)「北斗星」の車窓に現れた |
赤井川駅・姫川駅 | 函館本線。鈴木氏がイラストの素材としても気になっている駅 |