『僕達急行 A列車で行こう』は、映画監督・森田芳光氏の遺作としても知られている。『家族ゲーム』『失楽園』『そろばんずく』など、数々の話題作を手がけた森田氏は鉄道ファンでもあり、鉄道を舞台とした映画を作りたいと、30年以上も構想を温めていたという。折しも鉄道趣味が盛り上がり、『RAILWAYS』シリーズや『旅の贈り物』シリーズ、『阪急電車 片道15分の奇跡』など、鉄道映画もいくつか作られた。『僕達急行 A列車で行こう』はそんな鉄道映画競作時期の真打ちというべきタイミングで、2012年春に公開された。

鉄道ファンの青年同士の友情と恋、サクセスストーリーを描いたコメディ映画だ。列車もたくさん登場している。ロケ地や背景に登場する鉄道は20路線、鉄道車両は80形式。これは日本映画、いや世界の映画を通じて最多かもしれない。内容を盛り込みすぎたか、物語は消化不良気味。しかし、この作品の鉄道映像としての資料価値は時間をかけて高まっていく。20年後にもう一度観たら、物語とは別の意味で泣けるはずだ。

ちょっと都合が良すぎる!? サクセスストーリー

豊後森機関区で、主人公たちと謎の中年男が意気投合する

丸の内の不動産会社に勤務する小町圭(松山ケンイチ)と、大田区蒲田の鉄工所の跡取り息子・児玉健太(瑛太)は、鉄道趣味を通じて友達になった。2人ともイケメンで心優しく、女性に好かれるタイプ。しかし本人たちは意外にも奥手。鉄道趣味ほど恋は上達しないようだ。

小町が児玉の鉄工所の寮に住み、男同士の友情はますます深まっていく。ところが小町は事実上の左遷で福岡へ転勤に。もっとも、本人は「九州の鉄道に乗れる」と喜んでいた。児玉は見合いが破談となり、傷心を癒す旅で小町を訪ねる。

2人は早速、九州の乗り鉄の旅に出た。そこで若い女性を2人も従えた中年男(ピエール瀧)に出会う。3人は女の子をさしおいて意気投合。その後、小町は意外な場所で中年男と再会する。

鉄道趣味がきっかけで友達ができる。趣味がきっかけで仕事の人脈が広がる。これは実社会でもよくあること。趣味に没入するだけではなく、人と関わって、趣味を生かして人生を豊かにしよう。これが本作品の主題だ。なお、ラストシーンで小町と児玉は次の旅の相談をしている。森田監督は2人を主人公に、別の場所で第2作を撮ろうと考えていたかもしれない。本作品が遺作となってしまい、本当に残念だ。

20年後には映像遺産となる鉄道風景

鉄道好きの内気な青年を主役の2人が好演している。なんとなく仕草やせりふがぎこちない。そのコーヒーはどこから出てきたの? とか、どうして中年男は2人の居場所がわかったの? など、細かい突っ込みどころも多いけれど、本作品の魅力は、「とにかく列車がたくさん登場すること」だ。

九州で旅をするという状況だけではなく、小町が引っ越し先を探す場面など、とにかく列車を映すために作られたカットが多い。エンディングには物語に関係ない列車も、「これでもか」というくらい登場する。登場人物の名前もすべて列車名に由来し、バーのBGMがジャズの名曲『A列車で行こう』だ。随所に鉄道ファンをニヤニヤさせるしかけがある。

ただし、残念ながら映画タイトルと同名の列車「A列車で行こう」は登場しない。この列車は映画公開の半年前、2011年10月にデビューしている。撮影はもっと前、2010年9月から10月までだったという。せめてそこだけ追加撮影して、エンドロールに入れても良かったと思う。

すでにJR九州の485系は引退しており、本作品の走行映像は貴重な資料のひとつになった。鉄道ファンの森田芳光監督も、おそらく資料価値を意識して、この時代の列車、この時代の鉄道ファンの姿を描いたのだろう。京王電鉄7000系、京急電鉄2000形、小田急電鉄8000形を背景に入れるなど、引退間近の車両を選んでいるようにも感じた。

この映画はいまでこそ、「電車がいっぱいのラブコメディ」にすぎない。しかし20年後は、「貴重な鉄道映像を散りばめてストーリーに絡めた名作」になるはずだ。森田芳光監督が私たちに残した「遺産」である。

映画『僕達急行 A列車で行こう』に登場する鉄道風景(ほぼ登場順)

わ89-310形気動車 わたらせ渓谷鉄道 小町と児玉が車内で出会う
100系電車 東武鉄道 特急スペーシア。北千住付近を走行
7000系電車 京王電鉄 京王線初のステンレス車両
8000形電車 小田急電鉄 小田急通勤車両最後の鋼製車体、全塗装車
7000系電車 東急電鉄 池上線に導入された新7000系。見下ろすカットは石川台~洗足池間で、桜の名所でもあった
800形電車 京急電鉄 おもに各駅停車で運行される電車。大森町駅付近の高架切り替え工事中の風景に登場
1500形電車 京急電鉄 京急初の両開き扉を採用した通勤型電車。北品川駅付近の踏切を通過する
209系電車 JR東日本 尾久車両センターに留置されている。時期的に千葉方面向けに改造される車両が留置されていたようだ
E531系電車 JR東日本 常磐線普通列車。尾久車両センターに留置されている
E231系電車 JR東日本 東北本線向け湘南色。尾久車両センターそばの部屋からの眺め
485系電車 JR東日本 国鉄色。183系国鉄色との違いは、ヘッドライトに回り込んだ赤色の形。183系は上が斜めで、485系は水平。尾久車両センターそばの部屋からの眺め
EF64形電気機関車 JR東日本 寝台特急「あけぼの」などで活躍。尾久車両センターそばの部屋からの眺め。奥のほうにいる
DE10形ディーゼル機関車 JR東日本 入換用機関車。尾久車両センターそばの部屋からの眺め。運転台付近が見える
211系電車 JR東日本 高崎線の電車。尾久車両センターそばの部屋の窓付近を通過する
24系25形客車 JR東日本・JR北海道 寝台特急「北斗星」「あけぼの」。尾久車両センターそばの部屋の窓から
E26系客車 JR東日本 寝台特急「カシオペア」。尾久車両センターそばの部屋の窓から211系の向こうに、ちょっとだけ帯の色が見える
E3系電車 JR東日本 秋田新幹線「こまち」。尾久車両センターそばの部屋の窓から
2000形電車 京急電鉄 新町車庫をまたぐ歩道橋からの眺め
2100形電車 京急電鉄 六郷橋を渡る
1000形電車 京急電鉄 新1000形。全塗装車、ステンレス車ともに登場する。六郷橋鉄橋ほか
3500形更新車 京成電鉄 日暮里駅付近
E231系電車 JR東日本 山手線。日暮里駅の歩道橋から
E233系 JR東日本 京浜東北線。日暮里駅の歩道橋から
200系または400系電車 JR東日本 山形新幹線「つばさ」。日暮里駅の歩道橋から遠景のため不鮮明ながら、連結器カバーや運転台窓の大きさなどから400系または200系の可能性が高い。ただし400系は2010年4月で引退している。撮影時期を考えると200系だろう
N700系電車 JR東海 小町が転勤で福岡へ向かう列車
205系電車 鶴見線 児玉親子が海芝浦駅を訪ねる
2000系電車 福岡市交通局 小町が通勤で乗る電車。藤崎駅から乗車
キハ125系 JR九州 筑肥線の山本 - 伊万里間で使われている。この沿線が物語の重要ポイント
1200形電車 富士急行 児玉がデートする
813系電車 JR九州 児玉が青春18きっぷで博多駅に到着する
キハ220形 JR九州 両運転台タイプ。クロスシートの200番台。小町と児玉が豊肥本線を旅する
883系電車 JR九州 青いソニック。仕事の成功を祝って、小町と児玉が九州を旅する
700系電車 JR西日本 ひかりレールスター。エンディングに登場
815系電車 JR九州 水戸岡鋭治デザインの近郊形電車。エンディングに登場
885系電車 JR九州 長崎本線の特急「かもめ」。エンディングに登場
485系電車 JR九州 国鉄色。ヘッドマークがRED EXPRESSになっている。貴重な場面かもしれない。エンディングに登場
キハ72系気動車 JR九州 特急「ゆふいんの森」エンディングに登場
キハ200系気動車 JR九州 湯布院行き普通列車。エンディングに登場
787系電車 JR九州 鹿児島本線「つばめ」としてデビュー。現在は在来線各線で使用。エンディングに登場
485系電車 JR九州 RED EXPRESS仕様。エンディングに登場
キハ183系気動車 JR九州 「ゆふDX」。後に改装されて「あそぼーい」となった。エンディングに登場
キハ66系気動車 JR九州 国鉄時代に筑豊地域向けに作られた気動車。エンディングでは日田彦山線の走行シーンが登場
キハ185系列車 JR九州 九州横断特急に使用。エンディングに登場
北千住駅 JR東日本ほか 小町がある女性と出会う
尾久車両センター JR東日本 小町の家探しで立ち寄る
新町検車区 京急電鉄 児玉のお気に入りの場所
六郷土手駅 京急電鉄 児玉の家の鉄工所の最寄り駅
海芝浦駅 JR東日本 鶴見線。東芝の工場内にあるため、カメラは海を向いている
豊後森機関庫 JR九州 久大本線豊後森駅付近。小町と児玉が謎の中年男と出会う
博多駅 JR九州 小町が新幹線で到着。児玉が在来線で到着するなど
駒鳴駅 JR九州 筑肥線。小町と児玉が待ち合わせる
汽車倶楽部 直方市 鉄道模型店。小町と児玉が出会った男の個人宅という設定でロケに使われた。HOゲージのジオラマがある