3月10日は俳優、渥美清の誕生日。存命なら85歳になっている。渥美清といえば『男はつらいよ』シリーズの主人公、車寅次郎だ。同シリーズは全48作。ほとんどの作品で鉄道の情景が出てくるため、鉄道ファンにも人気の高い作品だ。
第5作『望郷篇』は、その中でもかなり鉄分の濃い作品である。物語の前半で小樽機関区が登場し、寅さんが機関助士の青年を訪ねる場面がある。勢いに乗った寅さんがデゴイチの運転室に乗り込み、運転士に怒られる。タクシーでデゴイチを追いかける。保存鉄道ではない、生き生きとした蒸気機関車の日常が描かれている。
世話になった親分と豆腐屋の美女
旅先から戻った寅次郎(渥美清)は、いつものように柴又の団子屋・とらやでひと悶着。そんなとき、舎弟の登(津坂匡章、後に秋野太作へ改名)が訪ねてくる。寅次郎が世話になった札幌の親分が危篤という。急遽、札幌へ向かった寅次郎は、「愛人に産ませた息子に会いたい」という親分の願いをかなえるため、息子(松山省二、後に松山政路と改名)の勤務先の小樽機関区へ。しかし息子はかたくなに会おうとしない。
この一件がきっかけで、寅次郎は自分の将来の孤独を痛感。妹のさくらに諭され、「地道に汗水たらして働こう」と決意する。しかし柴又ではことごとく就職を断られ、流れ着いた浦安の豆腐屋に住み込む。さくらが兄を心配して豆腐屋を尋ねると、そこには美しい娘、節子(長山藍子)がいた。兄の惚れやすい性格を知るさくらの心配はさらに募る……。
散りばめられたユーモラスな会話と、お調子者の寅さんが垣間見せる人生観。ほれる・ふられるを繰り返す寅さんの姿に一喜一憂しつつ、最後は明るく終わる安心のエンターテイメントだ。マドンナの長山藍子さんは当時29歳。美脚がまぶしい。
無煙化が始まった小樽機関区とD51 27号機
物語の前半は親分の息子、石田澄雄とのエピソード。小樽機関区で機関助士として働いている。寅さんは舎弟と機関区の構内にどんどん入り込み、乗務準備中の石田を訪ねる。父親などいないという石田に腹を立てた寅さんは、思わず機関車の運転台の中まで追いかけ、先輩機関士から「降りろ」と怒鳴られる始末。しかし諦められない寅さんは、貨物列車をタクシーで追いかける。
この機関車はD51形27号機。1936(昭和11)年度に川崎車両で製造された初期型で、「なめくじ」と呼ばれた大きなドームが特徴だ。D51形は人気の機関車で、全国各地で保存展示されている。しかしこの27号機は残念ながら解体されてしまった。インターネットで検索すると、北海道の別海町鉄道記念公園に「D51-27」が保存されているようだが、こちらは戦後にサハリンに輸出された別の機関車が里帰りした車両だ。
当時の小樽機関区は9600形、C12形、C62形、D51形が所属していた。本作では物語に関係なくC62形2号機が転車台で回転する情景やD51形の重連も登場する。鉄道ファン向けのサービスカットのようだ。おそらく鉄道好きの山田洋次監督の意向もあるのだろう。寅さんの背中越しに新しいDD51形ディーゼル機関車がいたり、その隣の機関庫内には赤い電気機関車も見えたりする。小沢駅(函館本線)の場面では、背景にキハ20系らしきディーゼルカーも映っている。当時の国鉄の無煙化施策、蒸気機関車時代の終えんもうかがわせる。
後半は柴又や浦安の風景が多い。注目はさくらたち家族が住むアパートの背景で、京成線の線路がある。最近まで京成電鉄創立100周年記念で再現されていた「青電」の現役時代が登場し、吊掛け駆動のモーター音を聞かせる。都営地下鉄1号線(現在の浅草線)直通仕様の旧赤電も通り過ぎる。本編ではカットされているが、予告編では営団地下鉄(現在の東京メトロ)東西線の5000系が鉄橋ですれ違う場面もある。
その他、京浜東北線の101系非冷房車、札幌市電なども劇中に登場する。若い寅さんが活躍した時代の、懐かしい鉄道風景を楽しもう。
映画『男はつらいよ 望郷篇』に登場する鉄道風景
京浜東北線 | 101系。本編で最初に登場する電車。夏の非冷房車で窓が空いている |
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柴又駅 | 舎弟の登がとらやを訪ねる |
赤電 | 京成電鉄3000形(初代)。都営浅草線乗入れ仕様 |
青電 | 京成電鉄2100形(初代)。京成本線仕様 |
札幌市電 | おそらく600形。同型車が札幌市交通資料館に保存されている |
9600形蒸気機関車+旧型客車 | 寅さんと登が石田を訪ね歩くシーン。背景で踏切を渡る。動輪が小さく4軸なので、D51形ではなく9600形と推測される |
D51 27 | 石田が機関助士として乗務する機関車。走行シーン、運転台展望、炭落としの場面がある |
C62 2 | 特急用機関車の花形スター。転車台で転回する。除煙板にスワローマークがないようだ。同機は梅小路蒸気機関車館で動態保存され、構内を走行する |
DD51 | 大型蒸気機関車と交代するために作られた大出力のディーゼル機関車。小樽機関区で寅さんの背景に映る |
ED75 | DD51の隣の車庫の中に。北海道仕様の500番台 |
キハ20 | 寒冷地仕様のキハ21形、もしくはキハ22形。小沢駅の場面で |
銀山駅 | 函館本線の駅。小樽駅から48.9km。石田が乗務するD51を寅さんがタクシーで追う。この駅で追いついたと思ったら、列車は無情にも通過していくのであった |
小沢駅 | 函館本線の駅。銀山駅のとなり(9.8km)。寅さんが石田の思いを変えられなかった。駅前の末次旅館に泊まる。看板の「トンネルもち」は同駅の名物だった。現在は駅前の末次商会で販売中とのこと |