1962年から1964年にかけて11本が制作された「黒」シリーズは、高度成長期の裏の悪を描いた社会派のエンターテイメント作品だ。映画『黒の超特急』はその最後の作品で、主演は11作中7作品で主役を演じた田宮二郎。田舎の不動産屋が土地買収の巨悪の裏を嗅ぎ取り、その関係者から儲けをゆすり取ろうとする……。

『黒の超特急』では東海道新幹線0系が登場する(写真はイメージ)

東海道新幹線が登場する映画といえば、『新幹線大爆破』などが知られている。しかし最も早い段階で新幹線をスクリーンに登場させた映画となると、おそらくこの『黒の超特急』になるだろう。なにしろ公開は東海道新幹線開業と同じ1964年10月。スクリーンの冒頭とラストに0系新幹線の勇姿が登場する。ただし、舞台は東海道新幹線ではない。これから始まる山陽新幹線の土地買収である。

田舎の不動産屋に持ち込まれた儲け話のはずが……

桔梗敬一(田宮二郎)は、岡山県の小さな町で不動産屋を営んでいる。そこに恰幅の良い男(加東大介)が黒塗りの車で現れた。男は中江雄吉と名乗り、東京・銀座で事業をしていると言い、「自動車工場の土地買収を手伝ってほしい」と桔梗に儲け話を持ちかける。つねに大儲けを夢見つつ、株で大損していた桔梗はこの話に乗り、地主の農家たちを説得して土地を仲介。手数料として大金を手に入れた。

地元の農家としても、収穫の少ない土地を相場より高く売れば、貯金の利子だけで農業収入を超えると大喜びだった。しかし桔梗はある農家から、「あの土地は新幹線の建設予定地だった。建設公団が中江からもっと高く買っていた」と聞く。本当はもっと高く売れるはずの土地だったのだ。それを知った桔梗は、分け前をよこせと中江に詰め寄る。しかし素気なくされ、怒った桔梗は不正疑惑をマスコミと警察に売ると中江をゆする。

中江は桔梗を相手にしていなかった。しかし桔梗は執念深く不正取引の情報を集めていく。ついに相手グループの田丸陽子(藤由紀子)を味方に引き入れ、2人で儲けを山分けしようとする。その不正疑惑には、新幹線建設公団幹部と大物政治家も絡んでいた……。

主演の田宮二郎は当時29歳。代表作であり、遺作ともなったテレビドラマ版『白い巨塔』を演じる13年前の若々しい姿だ。映画スターとして乗りに乗っている時期で、この「黒」シリーズも田宮の代表作と言っていい。ちなみに共演の美女、藤由紀子とは後に結婚。美男美女カップルとして話題になったことだろう。

ちなみに田宮二郎といえば、テレビドラマでは「白」のイメージ。『白い巨塔』だけでなく、『白い影』『白い滑走路』『白い地平線』など「白いシリーズ」で活躍した。色つながりでいえば、監督の増村保造氏も、映画では「黒」シリーズを3作品、テレビでは山口百恵主演の『赤い衝撃』など「赤いシリーズ」で監督や脚本を担当している。「ドジでのろまなカメ」でおなじみ『スチュワーデス物語』の脚本も同氏によるもの。新幹線に関連した作品としてもうひとつ、映画『動脈列島』でもメガホンを取った。

『黒の超特急』に出演する懐かしい役者としては、後にドラマ『熱中時代』の校長先生を演じる船越英二が新幹線公団幹部を、ドラマ『あぶない刑事』の課長役で人気となる中条静夫が証券会社社員を演じている。

新幹線0系の車内は151系「こだま」!?

『黒の超特急』の劇場公開日は1964年10月31日。東海道新幹線の開業は同年10月1日だから、新幹線開業に当てた作品だったようだ。おそらく営業列車の撮影は間に合わず、試運転車両を撮影したと思われる。沿線から撮った新幹線列車の窓に人影がない。

桔梗と地主たちが契約のために上京する場面で新幹線に乗車するけれど、新幹線普通車の5列座席ではなく、4列になっている。では2等車(グリーン車)かというと、それにしては狭い。たぶんこれは151系特急形電車を模したセットだ。テーマが新幹線建設に関する不正だけに、国鉄の協力も得られなかったようだ。

ただし、桔梗が女を追跡する場面の通勤電車は本物っぽい。映画やドラマの撮影では、電車内のセットを積んだトレーラーを走らせる事例も多いけど、同作品では背景に鉄道の信号機が通り過ぎるから道路上ではない。DVDの特典として収録された写真にも、電車の連結部分が映っている。女の家付近のロケ地は鎌田町で現在の東京都世田谷区。電車の車体の帯と、バスは小田急の協力を得ていそうなことから、電車内撮影も小田急の協力があったのではないかと思われる。

映画『黒の超特急』に登場する列車

新幹線0系電車 東海道新幹線の試運転と思われる。都内と多摩川鉄橋が使われており、付近の住人には懐かしい風景だろう。馬込の第二京浜を渡る鉄橋の場面では、当時の車やトラックも興味深い
庭瀬駅 山陽本線の駅で、現在は岡山から西へ2つ目。当時は岡山のとなりの駅だった。ちなみに現在、両駅間にある北長瀬駅は2005年に開業
東京駅 新幹線開業直前の様子
クモユニ74形 東京駅の場面で留置されている
165系 東京駅に停車中。映画公開の前年にデビューしている
72系 山手線か京浜東北線の電車。東京駅の場面のほか、背景としても登場する
私鉄の通勤電車 田宮が女を尾行する場面に登場。おそらく小田急の車両ではないかと思われる