釧網本線の北浜駅は流氷が見える駅として知られる。小さな無人駅で、駅舎が喫茶店として使われている。この駅に2008年から中国人観光客が大勢訪れるようになった。同駅に停車する「流氷ノロッコ号」に中国語ガイドを乗車させるほどだ。そんな北海道観光ブームのきっかけとなった中国映画が『狙った恋の落とし方。』(原題:非誠勿擾)。婚活サイトで知り合った男女の物語だ。

北浜駅(2009年2月撮影)、赤い看板は中国語の歓迎メッセージ

チェンがウーさんと再会する場所

女は恋を終わらせるため、男は恋を始めるために北海道へ

アイデア商品のライセンスを売って大金を得た中年男のチェン(グォ・ヨウ)は、結婚を決意。婚活サイトに登録して希望条件を書き連ねる。起業家はダメ、飛び抜けた容姿は不要、外観は新しくても、心は古風で……。そして最後に「非誠勿擾」と付け加える。これは「本気で付き合える人だけ、冷やかしお断り」という意味で、本作品の原題でもある。

数人の女性から反応があり、チェンは見合いを続けたが、出会う相手は癖のある女性ばかり。そんなとき、婚活など不要と思わせるほどの美人、シャオシャオ(スー・チー)がいた。冷やかしだろうと席を立つチェン、だがシャオシャオはチェンを追いかけ飲みに誘う。そしてお互いに辛い恋を打ち明け、飲み友達になる。チェンは見合いを続けながらも、少しずつシャオシャオに引かれていく。

シャオシャオはチェンの気持ちを知りつつ、いま抱えている「結ばれぬ恋」を捨て切れない。しかしある事件をきっかけに、2人は条件付きで結婚を前提に付き合う。「辛い恋を忘れたい、その恋が始まった北海道で終わりにするから」と、シャオシャオはチェンを旅に誘った……。

同作品は2008年末、正月映画として中国で公開された。日本の公開は翌年2月。2007年は四川省で大地震があり、資本主義を取り入れた中国にとって初の世界的不況となった。そんな中でフォン・シャオガン監督は「恋愛コメディで人々に笑顔を取り戻そうと思った」という。たしかに笑いの要素も多いけれど、全体としては上質な大人の恋の物語だ。

鉄道の登場シーンはわずかだが、北海道と中国の風景が美しい

鉄道が登場する場面は少ないが、北浜駅は重要なポイントとなる。上映開始から約70分後に登場し、網走方面から到着した列車にチェンとシャオシャオが乗っている。出迎えはチェンの友人で日本に住むウーさん(宇崎逸聡)。2人の運命を変えるかもしれない旅が、この北浜駅から始まる。

もっとも、3人の旅はずっとクルマ。スバル・レガシイに乗っている。もう鉄道は出てこないかな……、と思ったら、もうひとつあった。上映開始から1時間37分頃。釧網本線の川湯温泉駅付近の踏切だ。交差する道路は北海道道52号「屈斜路摩周湖畔線」。雨の中でクルマは停まり、ステンレス車体のディーゼルカーが通り過ぎる。めったに列車が来ない踏切で停められた3人。なかなか前に進めない恋を暗示しているようだ。

鉄道の場面はこれだけ。しかし、それだけに観客の印象は深いようで、北浜駅は絶好の観光スポットになっている。筆者が北浜駅を訪れた時は2009年の2月。映画公開から1年も経っていたけれど、「流氷ノロッコ号」は中国人観光客でにぎわっていた。とくに海を眺める展望台が観光客のお気に入りのようで、筆者は何回も記念写真のシャッターを頼まれた。

北浜駅の駅舎の壁は、昔から旅行者たちによってきっぷや定期券がぎっしりと貼られている。その中に映画スタッフの記念写真も飾られていた。他のロケ地は能取岬、屈斜路湖、阿寒湖など。撮影に使われたホテルは例年の何倍もの中国人観光客が訪れ、ロケに使われた居酒屋は中国語メニューを置くまでになっているらしい。

物語の前半に登場する中国杭州市の西湖の風景も見事。それと同じくらい北海道の風景も美しく描かれている。北海道はこんなに美しいところだったかと、フォン・シャオガン監督に感謝したくなる。ちなみに、この作品は中国において歴代興行成績1位となったという。日本でもヒットした映画『レッド・クリフ』を上回った作品だ。

映画『狙った恋の落とし方。』に登場する列車など

キハ40 北浜駅までチェンとシャオシャオが乗ってくる。ただし、後で編集で入れた走行音がディーゼル
エンジンではなく、電車の吊り掛けモーター音になっている。惜しい!
北浜駅 釧網本線の無人駅。オホーツク海に近く、流氷が見える駅として鉄道ファンや旅行者たちにも人気。
映画の撮影は秋で、背景は青い海
キハ54 釧網本線の踏み切りを横切る