昨今の偽装食品問題。その中でも「何だそれ?」と思った人が多い「脂肪注入加工肉」ないしは「インジェクション肉」と呼ばれるもの。この肉をステーキとして提供したとして、消費者庁から注意を受けたなどのニュースが、今も度々報道されています。
これらの加工肉が食品偽装とし紹介されるため、中には「危険な食品」といった評価もされていたりします。しかし、本当にそうなのでしょうか。まずはその実態に迫ってみましょう。
脂肪量は4,5倍の価格帯の肉に匹敵
まず、インジェクションビーフというものは国内外で広く使われている技術を用いて作られた肉で、近年油脂注入機械の高性能化と低価格化により、供給量も増えています。
製造法はいくつかありますが、牛肉に食肉用軟化剤(肉質の堅さであるコラーゲン線維をアミノ酸に分解し、うまみに変える)と和牛牛脂を用います。それらを48度前後という、肉質が変化するギリギリの温度管理で注入、ボールのように膨らませて冷蔵して作られます。
一見して、サシの入り方が変なので、調理される前は一目で判別が可能です。また、一度中に牛脂を注入するという行程があるので痛みやすく、通常の牛肉のような賞味期限も設けにくいことから、スーパーなどでは「霜降り加工」(表示義務はないため無表記も多い)として一部で売られる程度。つまり、小売りには滅多に出てこず、あくまで外食産業向けという形で使われることが多いです。
単価は同サイズのステーキ肉の2,3割増し程度で、4,5倍の価格帯の肉に匹敵する脂肪含有量になっています。実際、硬い繊維状組織も柔らかくなっているので、加工前に比べて味わいはぐっと増しています。
高級和牛の牛脂を使用
インジェクションビーフはいわゆる食品をおいしくする加工のひとつなので、カロリーが増える以外はとりたてて問題のあるものではありません。また、ウェルシュ菌などの好熱菌の汚染もありえるため、国内では装置や原材料のチェックはかなり厳しく行われているようで、筆者自身、この加工によって生じた食中毒らしい食中毒は聞いたことがありません。
使われる牛脂は高級和牛のもので、本来は二束三文で売られるか廃棄されてしまいます。脂肪ののった和牛は牛脂層が分厚くできるため、そうしたものを廃棄せず、他の肉をおいしくするものに使われることは、省資源的な意味あいでも意義のある加工だと言えます。最近は、ハーブや調味料などを注入することで、ステーキなのに付け込まれた肉のような味わいを楽しめる肉もあるなど、応用範囲も広がっています。
このように、安くおいしいものを開発しても、それを名前だけのブランドに一喜一憂し、加工肉をネガティブに捉えるというのは、あまり賢いとは言えません。インジェクションビーフも使い方次第で、ブランド和牛よりもおいしい料理になり得るだけに、製造元も現在のようなこっそりとした売り方ではなく、堂々とした「注入加工肉ブランド」を打ち立ててもよいのではないでしょうか。
筆者プロフィール : くられ
『アリエナイ理科ノ教科書』(三才ブックス、シリーズ累計15万部超)の著者。全国の理系を志す中高生から絶大な支持を得ており、講演なども多数展開している。近著に『ニセモノ食品の正体』(宝島社)がある。メールマガジン「アリエナイ科学メルマ」やツイッターなどで、日々に役立つ話を無料配信している。また、12月20日には、「シリーズ刊行10周年記念イベント」を開催する。