ビジネスシーンにおいて幾度となく遭遇するであろうプレゼンテーションの機会。自身が狙ったミッションを達成するにはプレゼンの提案内容をわかりやすく相手に理解してもらう必要があるが、その際に不可欠となるのがパワーポイントのスキル。資料の見せ方を工夫すれば相手の理解度は増し、それだけ提案した内容を受け入れてもらいやすくなる。
かつてマイクロソフトでパワーポイントの事業責任者を務めた経歴を持つクロスリバーの代表取締役・越川慎司氏は現在、クライアント企業の働き方改革を支援しており、先般、企業の意思決定者へのヒアリングやAIによる資料分析をまとめた新著『科学的に正しいずるい資料作成術』(かんき出版)を上梓した。
本特集では、「パワーポイントのプロ」が5万枚以上のパワポ資料をAI分析して導き出した「必勝の資料作成術」をテーマごとに紹介していく。今回のテーマは「プレゼンテーション時のコツ」だ。
資料を配らないという選択が重要な理由
――実際にプレゼンテーションするときのテクニックとしてはどのようなものがあるでしょうか。
資料作成もプレゼンテーションも、そのゴールは「プレゼンテーションをした相手が自分(発表者)の思い通りに動くこと」です。仮に情報共有のためのチャットツールの必要性について上司にプレゼンテーションしたとすれば、そのツールが実際に社内に導入されて活用されることがゴールと言えるでしょう。「プレゼンテーションがうまかったね」と思ってもらうことが目的ではありません。プレゼンテーション後に「それをやってみよう」と思う人をどれだけ増やすかというのが目的です。
資料作成とプレゼンテーションは視覚誘導が重要な部分になりますが、そのためには「資料を配らない」というのがポイントになります。なぜならば、プレゼンテーションの最初の90秒間のうちに、聞く側の目線を上に持ってこなければならないからです。目線が下にあると、情報が頭に入ってきません。資料に目を落とされてしまうよりも、提案する側とされる側で目線を合わせて対面で話をした方が、2倍も聞く側の脳に情報が残るんです。
はじめに資料を配布してその内容に目を通されたり、手元のスマホに視線に落とされたりしてしまうと、ずっと目線は下のままです。目線をスクリーンに持ってこさせるためにも、資料を配布しないことですね。
――あえて資料を配らないという選択には勇気がいりますが、理由を聞くと納得できますね。
もちろん、「どうしても配ってほしい」と言われたり、「メモを取りたい」などの理由から資料配布を希望されたりするケースもあります。そのような際は、非常にコンパクトな資料を用意しましょう。
例えば20枚ほどのスライドがある場合ならば、スライド2枚分に絞ります。その2枚も、会社概要とその日のプレゼンテーションの各要素をまとめた程度で、ほぼほぼメモを取ってもらうためだけのものです。最近ではパワーポイントもクラウドで共有できますから、QRコードをその場で作ってスライドに入れておくような方法もあります。
行動変容を促すための「返報性の原理」とは
――プレゼンテーションをするうえでやったほうがよいことはありますか?
説明時間を最初に宣言すると、話を聞く相手を動かしやすいことがわかっています。これは心理学で言うところの「返報性の原理」を用いたものになります。「相手に何かをしてもらうと、そのお返しとして何かをしてあげたい」という気持ちが日本人は特に強いんです。
スーパーなどで試食をすると「食べたからには、買わなきゃいけないかも……」というような気持ちになった経験をお持ちの方もいると思いますが、これが返報性ですね。
これをプレゼンテーションに置き換えると、冒頭に「私は今日、3つの重要なことを時間内にプレゼンテーションします」と約束したとします。すると、時間内にプレゼンテーションをきっちり終える=約束が達成されたことで、「この人が提案したことを実行してみたい」という気持ちが働くんですね。時間通りに終えられる人、約束を果たせる人というのは信頼性も高くなります。
また、「本日の資料は後ほどお送りします」という形にすると、資料が送られてきた際にその受け手が行動するきっかけになります。配布資料があると、その場で講演に満足してしまって、その後の行動変容につながらないんですね。プレゼンテーションの聞き手に提案内容を課題のように意識させられる点を考えると、資料は改めて送るほうが効果的です。
「要は何?」と聞く側に言わせないために
――プレゼンテーションでありがちな失敗と、その対策方法などはありますか?
プレゼンテーションの最中に「要は何?」と聞いている側に言われてしまったら、そのプレゼンテーションは失敗です。それを言われないためには、「今日は何を話すのか」「提案の要点は何か」を先に宣言することです。その後に話を進めていくことになりますが、その過程で要点を相手が忘れてしまう可能性もありますから、最後にも「要は何か」をもう一度話します。「まとめのスライドを作ってください」というお話を必ずしているんですが、それはそういう理由からです。
実際、許可を得たうえでプレゼンテーションの模様を録音したことがあるのですが、「要は何?」と言われてしまったプレゼンテーションは成約率が10%未満でした。相手に伝わっていないから、決定もしてくれなかったということです。
「要は何か」の中には、「いつまでに」「誰に(提案の相手に)」「何をしてもらいたいか」を必ず入れておかなければいけません。それをきちんと入れておかないと、行動を起こしてくれませんからです。
最後の質疑応答などで「じゃあ具体的にどう動けばいいの?」と聞かれたら、そのプレゼンテーションは大成功です。相手にとってのA(現在)→B(提案によって変化した未来)を提案するわけですが、プレゼンテーションをしている自分にとってのAからBの間が何なのかを、勇気をもって「要は何か」に入れてください。そこの矢印をつまびらかにしていくことが説明資料であり、プレゼンテーションだと思います。
越川慎司
国内大手通信、外資系通信に勤務、ITベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに日本マイクロソフトで業務執行役員を務め、2017年にクロスリバーを設立。529社の働き方改革を支援し、現在は週休3日で16万人の働き方をスイッチしている。