こんにちは。行政書士の木村早苗です。以前は「素人は投資や資産運用に触るな」なんて言われていたのに、資産を増やす手段として真逆の提案が政府から出るようになり早数年。投資関連のCMが増える中、自宅を資産として扱うリバースモーゲージやリースバックという言葉もよく聞かれるようになりました。

自宅も資産と思わせる現代の落とし穴

CMからだと「自宅に住み続けられる」、「返済は自宅を売却して行う」という大きな要素だけが耳に残りやすいので、同じような商品だと思っている方もいるのではないでしょうか(名前もうっすら似ていますしね)。

でも実は、提供されている機関や利用条件はもちろん、得られるお金の名目や自宅売却のタイミングなど大きな違いもたくさん。

利用するときには計画性と契約内容の確認がものすごく重要です。まずは簡単に、それぞれの仕組みを見てみましょう。

“自宅を担保にして融資を受け、本人が亡くなったら売る”リバースモーゲージ

  • リバースモーゲージの仕組み(著者作成)

リバースモーゲージは、金融機関や社会福祉協議会など公的機関が行うもので、自宅を担保として住み続けながら融資を受ける仕組みです。対象者は、一定年齢以上の1人暮らしか配偶者との2人暮らしの方。また対象物件には評価額や立地に一定以上の基準が定められていることが多く、商品によってはローン完済後のみ利用可能な場合、マンションでは築年数や広さなどの条件が増える場合があるので注意が必要です。

メリットは、自宅に住み続けながら自宅を担保として融資が受けられる、年収要件はないか低め、生存中の返済負担がないか利息程度、名義人が亡くなっても配偶者が契約を引き継いで住み続けられる、などです。融資された資金は、生活費やリフォーム費など規模やニーズに沿った利用ができます。

一方、融資金の使い道が決まっている、毎年行われる不動産評価額の見直しで利用限度額が変化する場合がある、金利変動や上昇により借入残高が住宅資産を上回る可能性がある、などのデメリットもあります。

相続人に関連する注意点としては、リバースモーゲージを利用する時は相続人のうち1人(金融機関によっては全員)は同意が必要なこと、リコース型とノンリコース型があるがリコース型では相続人に負担が発生する可能性があること、自宅を担保にするため不動産が残らないことなどがあります。

融資先によって異なる貸付金の使途制限や限度額、利用可能な物件のハードルのように注意すべき点はいくつかあるものの、資産価値の高い自宅があり、相続人や子どもに家を残す必要がないご夫婦やパートナー、お一人様にとっては生活を充実させる手段にもなりそうです。

“自宅を売って一時金をもらい、新たに賃貸借契約を結ぶ”リースバック

  • リーズバックの仕組み(著者作成)

リースバックは、不動産会社などに自宅を売却し、その代金を受け取るとともに一定期間の賃貸借契約を結び、家賃を支払いながら売却した自宅に住み続ける仕組みです。条件は、会社ごとにまったく異なり、戸建て・マンションともに単独名義でなければ利用できないことが一般的です。ただし、住宅ローンが残っている場合は、評価時に売却価格が残債分を上回らない場合は利用できません。

メリットは、住宅ローンがあっても利用できる点や通常の不動産売却も比べ短期間で手続きできること、固定資産税やマンション管理費等の維持費が不要になること、売却代金の仕途は自由であること、買い戻し特約をつければ買い戻せること、年齢や年収要件が厳しくないこと、などがあります。

デメリットももちろんあります。絶対に覚えておくべきなのは、自宅の売却にはクーリングオフが適用されないことです。その他、売却価格は通常より低めになるが家賃は周辺の相場より高くなりやすい(管理費・維持費等が含まれるため)、賃貸借契約満了後に再契約できない場合は立ち退きになる、買い戻し価格が売却時より高くなる、などがあります。

相続人への影響としては、不動産の評価額が下がったり、家のローンが結果的に払いきれなかったりと本人が負債を残して亡くなった場合には、相続人が(に)負債を引き継ぐ(させる)ことになります。

またリバースモーゲージやリースバックともに言えることとして、長生きすることで融資額や家賃総額が住宅資産価格を上回るリスクが生まれる可能性もあります。寿命ばかりは誰にも決められません。その意味でも余裕を持って計画を立てることが大切です。

高齢者を狙った悪徳業者にご注意を

こうして並べてみると、自宅の売却時期や所有権の所在、受け取った資金の仕途などさまざまな違いが見えてきます。

リバースモーゲージにおける自宅は資金を借りるための担保です。亡くなるまでは本人の所有物ですし、売却は亡くなってから行われます。リースバックは、大きな一時金が短期間で得られますが、その後に住むのは借りものです。便利な新築マンションを買えるような値の家を相場より安く売り、周辺の相場より高い家賃を払う日が続くのです。愛着ある家に住むことはできても、人によっては最終的にマイナスとなる可能性もあります。

「夫婦で95歳まで生きるには約2,000万の金融資産が必要」と発表されて以降、社会はうっすらとした不安でざわつき続けているような気がしています。政府がいくら老後の資金を自力で蓄えよと伝えても、簡単に利益が得られる商品は出てきません。メリットの裏には必ずデメリットがある。でもデメリットを知らずに使うのと、知った上で計画的に使うのでは雲泥の差があることは、みなさんなら十分おわかりかと思います。

  • 独立行政法人国民生活センター「高齢者の自宅の売却トラブルに注意 -自宅の売却契約はクーリング・オフできません! 内容をよくわからないまま、安易に契約しないでください-」(2021年)より引用、PIO-NETに見る契約当事者が60歳以上の年度別相談件数(左)、契約当事者の年代別相談割合(右)

ただ気になるのは、ここ数年でクーリングオフが適用されないリースバックの仕組みを悪用した強引な業者の被害に遭ったという一人暮らしの高齢者が増えていることです。

PIO-NET(全国消費生活情報ネットワークシステム)の調査によれば、2020年度の住宅売却に関する相談の52.3%が70歳以上だと言います。これは契約当事者の年齢のわかる事例のみのデータなので、実際の件数はもっと多いことが推測されます。ご自身はもちろんご両親が悪徳業者に引っかからないためにも、こうした現状を知っておいていただければと思います。

ご両親が遠方にお住まいの方、ご夫婦の間で判断能力の衰えが心配だという方で何らかの対策を立てたいとお考えの場合は、地域の民生委員さんや福祉機関の関係者さん、そして行政書士を始めとする士業もさまざまな形でのお手伝いができます。ぜひ近くの福祉センターや行政の施設、専門家などに相談されてみてください。