三郎丸蒸留所からブレンデッドウイスキーの新ブランド「SAB.(サブ)」が発表された。国内およびグローバルで発売する。合わせて、加熱するウイスキーブームを支えるために、熟成に使う樽を修繕する新事業「Re:COOPERAGE(リ:クーパレッジ)」も開始する。
メディア向けの発表会ではまず、三郎丸蒸留所を運営する若鶴酒造の代表取締役社長CEO、および三郎丸蒸留所マスターブレンダーでもある稲垣貴彦氏が、ジャパニーズウイスキーの現状と課題について語った。
国内のウイスキー出荷量は1983年をピークに、2007年には7分の1にまで落ち込み、底を打った。その後、ハイボールブームやドラマ「マッサン」の放映などを経てウイスキーブームに火が付き、2016年にはクラフトウイスキー蒸留所が一気に増加。今や国内のウイスキー蒸留所は100を超えている。
ウイスキーの輸出額も10年で約12.5倍に増加し、2020年には日本酒の輸出金額を超えた。品目別で見ても、ビールやリキュール、清酒を抑えて、ウイスキーがダントツなのだ。おもな農林水産物・食品の輸出実績で比べても、ホタテ、牛肉に続く、第3位となっている。
「これはある意味、世界の人から見れば日本のお酒はジャパニーズウイスキーだよね、となりつつあると言えるのではないでしょうか」(稲垣氏)
若鶴酒造の売上高はさらにハイペースで伸びており、この10年で60倍になったという。2013年はウイスキーの販売構成比は5%だったのだが、現在は78%に増え、売上高は15億円を達成している。
とはいえ、この傾向は日本国内だけでなく、5大ウイスキー以外の産地でも同様だ。ウイスキー蒸留所が世界中で増えており、ドイツには200カ所、フランスには100カ所、タスマニアには50カ所、中国には30カ所を超える蒸留所ができているそうだ。
「日本のウイスキー蒸留所も増えましたが、今後やはり世界との競争が始まることが予想されます」(稲垣氏)
ジャパニーズウイスキーの3つの課題に対し、三郎丸蒸留所は3つの事業を立ち上げた。
■課題1:市場の飽和 → ブレンデッドの新ブランド「SAB.」を投入
1つめの課題は国内外のプレイヤーの増加による市場の飽和。前述の通り、世界中で蒸留所が増えているので、今後は認知度を獲得することが難しくなってくる。そこでブランドを創設した。
「シングルモルトウイスキーが人気とはいえ、グローバルでは90%がブレンデッドウイスキーです。やはり、グローバルに展開するためにはブレンデッドウイスキーを作っていく戦略が必要になります。弊社も1952年からブレンデッドウイスキーを発売しており、『サンシャインウイスープレミアム』『THE SUN』『十年明』という製品があります。これだけのブランドを覚えてもらうのは難しいところがあり、三郎丸のブレンデッドウイスキー『SAB.(サブ)』をリリースします」(稲垣氏)
まずは3製品をラインナップする。「SAB.SUNSET RED」はエントリー層向けのウイスキー。スモーキーながら丸みのあるブレンデッドで、参考価格は3,180円(税別、700ml)、12月12日発売。テイスティングノートは以下の通り。
香り:潮気、落ち着いたウッディさ、オレンジ、灰、ほのかなワックス、キャラメル、全体を包み込むスモーキーさ。
味:なめらかで、ふくよかで丸みのある甘み、キャラメル、スモーク、赤いリンゴ。
アフター:ウッディさと丸みのある甘みが続く。
続いて「SAB. NIGHT BLACK」は、より複雑なスモーキーさが特徴。「ピートを極める」を体現させたブレンデッドで、3~5年熟成のモルトを利用しているそう。参考価格は4,900円(税別、700ml)、12月12日発売。テイスティングノートは以下の通り。
香り:落ち着いた香り立ち、燃えさしの木のようなスモーク、爽やかなウッディさ、黒胡椒のヒント。
味:なめらかで柔らかな口当たり、苦味、わずかな黒胡椒、舌を覆う灰、全体を引き締めるしっかりとしたウッディさ、土っぽさのあるピート。穏やかにスパイシーでしっかりスモーキー。
最後に「SAB. OCEAN BLUE」のコンセプトは力強いスモークとフルーティな魅力。三郎丸最高峰のブレンデッドで、原酒は10年以上熟成させているそう。価格は9,000円。このモデルだけ、2025年夏の発売予定となっている。発表会では試飲が行われ、テイスティングノートは以下の通り。
香り:力強いピート、灰、りんご飴、みりん干し、ほのかな蜂蜜、スモークウッド、かすかに山椒、火の消えた蝋燭のワックス。
味:丸みがありスムーズ、舌を覆う灰としっかりとした三位、力強いピート、蜂蜜をかけたウッディさ、海藻。
アフター:上品で穏やかにウッディさとピートの温かさが残る。
課題2:グローバル視点と長期的戦略の欠如 → エコグリーン瓶採用、本社のZEB化
「欧米で重要になるのがサステナビリティです。持続可能なウイスキー造りをしないと、浸透していきません。そこで「SAB.」のボトルをエコグリーン瓶にしました。再生カレットを90%以上使用しています」(稲垣氏)
エコグリーン瓶はリサイクルできるだけでなく、一般瓶に比べて23%軽量化されている。輸送面でもメリットが大きく、10万本あたり、CO2を13.5トン削減できるという。
ウイスキー造りをするところでは、プレヒートタンクを導入した。蒸留した後のエネルギーを回収し、蒸留前のもろみを温める設備において、CO2の排出を27.2%、年間約70.2トン削減した。
また、三郎丸蒸留所の特徴でもある世界初の鋳造製ポットスチル「ZEMON」も既存の蒸留器と比べると蒸留効率が88%高く、CO2排出量は約半分になっている。このポットスチルは特許取得済みだ。
本社もZEB(Net Zero Energy Building)化した。建築物が年間のエネルギー消費量をゼロにすることを目指す建築設計やエネルギー管理のコンセプトで、年間51トン以上のCO2を削減できるという。
「本社は私が生まれたときくらいにできた建屋で、そこから日本酒の売り上げが右肩下りになって、呪われたようなビルだったのですが、今は改修され、エネルギー効率のいい、断熱性の高いビルとして生まれ変わりました」(稲垣氏)
課題3:インフラ、ファシリティの不足 → ボトラーズ、新事業の立ち上げ
日本でもウイスキーの蒸留所は増えたものの、産業を支えるさまざまなインフラが不足している状況だという。
例えば、スコットランドのスコッチウイスキーは、樽工場や麦芽業者、ボトリング工場、熟成庫、グレーンウイスキーの蒸留所、原酒を買い付けて熟成するボトラーズなどがすべてシェアされており、世界で戦っていく構造になっている。一方、日本の蒸留所は国内のシェア争いが強く、樽工場や麦芽工場は系列化されているという点が課題。
「世界の中で日本のウイスキーが戦っていくためには、こういったインフラをシェアして、 世界で日本のウイスキーを広げ、パイを大きくしていく活動が必要になります」(稲垣氏)
そこで、三郎丸蒸留所は2020年からボトラーズも始めている。世界で初めて、ジャパニーズウイスキー専門のボトラーズとなる「T&T TOYAMA」だ。シングルモルトウイスキー専門店「モルトヤマ」の店主、下野孔明氏と共同プロジェクトとして立ち上げた。「T&T」は稲垣氏と下野氏のイニシャルから付けられている。
「2021年にクラウドファンディングを行い、4,000万円以上の支援をいただきました。2022年には富山県に50樽貯蔵できる木造の熟成庫を建設し、10以上の蒸留所の原酒を熟成させています。そして2025年には、念願の最初の商品をリリース予定です。ご期待ください」(下野氏)
新事業「Re:COOPERAGE(リ:クーパレッジ)」をスタート
世界的にウイスキー蒸留所が新たに建造されているため、蒸留に使う樽が不足している。そのため年々、樽の価格が上がってきている。例えば、ウイスキーの熟成によく使われるバーボン樽は、2018年は1樽が1万円強だったところ、現在は4倍以上の6万円超となっている。新興の蒸留所にとっては、ウイスキーの原材料費の約半分を占めるほど負担が大きくなっているのだ。
さらには樽不足から、クオリティの低い樽が出回るようになり、熟成中に漏れる率が上がっているという。以前は、コンテナで樽を輸入すると、その中の1%にあたる2~3樽くらいが漏れる程度だったのだが、近年は10%程度まで悪化しているそうだ。価格が上がっているのに品質が下がっているので、今後の日本におけるウイスキー造りの大きな課題となっている。
そこで、樽の再生に特化した新事業「Re:COOPERAGE(リ:クーパレッジ)」をスタートさせた。この事業は三郎丸蒸留所だけでなく、ほかの蒸留所にもファシリティを解放する。
「Re:COOPERAGE」事業の中心を担うのは、樽職人の祝迫智洋氏。酒造メーカーの樽工房に勤めた経験を持ち、現在は三郎丸蒸留所の樽部門でコンサルティングを担当している人物だ。
「『Re:COOPERAGE』は、ウイスキー産業を支える存在として、全国の酒類メーカーを対象に、樽のリペア、リメイク、リチャー・リトーストといったサービスを提供します。漏れない樽を作るのは大前提ですが、その先、ウイスキーの質を高めるために、どのような樽作りが求められるかということを追求しています」(祝迫氏)
三郎丸蒸留所は好調の中、グローバル展開を見据え、新商品や新ブランドを投入しつつ、さまざまな事業を展開するなど勢いに乗っている。今後の活躍が楽しみだ。