いまも遠い宇宙を飛行している人類の探査機「ボイジャー」には、宇宙人に地球の自然や文化を紹介するデータが収められたレコードが搭載されているという。その中に自動車を紹介する画像はなかったようだが、もし、「地球人が愛用している『自動車』とはこういうものです」と宇宙人に紹介するための写真を収録するとしたら、その車種は何になるだろうか?
1車種に絞るのはかなり難しいかもしれないが、少なくともゴルフは、その最有力候補になるだけの資格があるだろう。「これこそが自動車」、単によく売れた大衆車だからというだけでなく、もっと本質的な意味で、ゴルフにはすべての自動車を代表できる資質がある。
失った後で痛感した、ゴルフに乗る「楽しさ」
ゴルフが登場したのは1974年。かの誉れ高き名車、ビートルの後継モデルとして開発された。直列4気筒エンジンを横置きしたFFの2ボックスというレイアウトは、それ以降のコンパクトカーの方向性を決定づけたものといえる。FFレイアウトはゴルフが元祖ではないが、その優位性を証明し、世界に普及させたのはゴルフだろう。
ハッチバックを持つ2ボックスの5人乗りというパッケージングも、ゴルフによってコンパクトカーの揺るぎないメインストリームとなった。
初代ゴルフは売れに売れた。大規模なモデルチェンジをすることなく、約10年間も販売され、2代目ゴルフ「ゴルフII(ツー)」へとバトンタッチするが、「ゴルフII」はこれ以上ないほどのキープコンセプト。初期のコンセプトがいかに正しかったかを証明した形だ。熟成と改良を進めた2代目は、初代以上の名車と評価が高く、これも10年近く販売された。日本では歴代ゴルフの中でもとくに「ゴルフII」の人気が高く、「ゴルフII」を専門に扱う中古車ショップも珍しくなかったほどだ。
じつは筆者も若い頃、「ゴルフII」に乗っていたことがある。普段の足にするセカンドカーを探しているときに、たまたま友人が乗り換えるからと譲ってくれたのだ。
それなりに気に入っていたのだが、わずか数カ月後に信号待ちで追突され、そのまま廃車となってしまった。普段の足にはコンパクトなハッチバックが最適と考えていた筆者だが、このときは急なことでもあり、探してまでゴルフを買うことはせずに、近所の中古車ショップに並んでいた「カローラFX」を深く考えずに購入した。ところが、だ。この「カローラFX」もわずか半年ほどで手放すことになった。
もちろん、「カローラFX」はいいクルマだった。運転しやすく、故障の心配がなく、燃費が良くて、荷物もたくさん積める。ああ、やっぱりトヨタはすごいと思った。しかしどうにもこうにも、「楽しさ」というものが感じられない。どこがどうと具体的にはいえないが、とにかく運転していて刺激がなく、なんだか眠くなってしまうのだ。
思えばゴルフは町をゆっくり流すだけでも楽しいクルマだったと、手放してから痛感した。この違いはどこから来るのか?
ゴルフは大衆車として登場したから、その軸足はあくまで経済性や実用性の高さにある。デザインだって合理性の塊のような工業デザインで、色気はまったくない。だがそれでも、「走って楽しいスポーツ性」「毎日を楽しくしてくれそうだというワクワク感」を兼ね備えていた。ゴルフはエンジンがとくにパワフルなわけでもないし、ハンドリングがものすごくいいというわけでもない。しかし、すべての要素がちょっとずつ優れていた。いろいろな部分の少しずつの良さが、ゴルフというブランドの下に集約したとき、「失って初めてわかるような、えもいわれぬ魅力」を持つ名車となっていたのだ。
3代目以降、多くのヒットモデルが陥った"罠"にとらわれるも…
3代目で大きく姿を変えたゴルフは、その魅力に高級感までもプラスした。しかも、その高級感を豪華さや装飾によってではなく、ドイツ車らしい高品質によって獲得したあたり、いかにもフォルクスワーゲンらしい。
ところが、ゴルフもこの3代目あたりから、他の多くのモデルが陥った"罠"にとらわれていくことになる。つまり、モデルチェンジのたびに性能は良くなるが、同時に大きく重くなり、いつの間にか初期モデルが持っていた輝きを失ってしまうのだ。ゴルフと同じく世界中でヒットした名車中の名車、ホンダ「シビック」も、大体において同じ道をたどっているので、これはもう逃れられない宿命なのかもしれない。立派に大きく成長したのはいいが、ふと後ろを振り返ると、かつて自分がいた場所には若くて生きのいい後輩(ゴルフに対してはポロやup!、シビックにはフィット)がいて、すっかり人気を奪われてしまうのだ。
4代目・5代目・6代目と、以前より短いスパンでモデルチェンジを繰り返したゴルフは、そのたびに膨れ上がった。初代ゴルフは全長3,725mm、全幅1,610mm、車重780kg。フォルクスワーゲン史上最も小さいモデルである「up!」と比較しても、全長が長いだけで(「up!」は3,542mm)、全幅と車重は下回っているのだ(「up!」は全幅1,650mm、車重920kg)。これが6代目ゴルフになると、全長4,210mm、全幅1,790mm、車重にいたっては1,270~1,530キロと、2倍近くにまで増加してしまう。そして、ボディが大きくなればなるほど、その存在感が薄れていった感は否めない。
しかし、ゴルフは生まれ変わる。欧州で2012年11月に発売された7代目ゴルフは、発売後間もないにもかかわらず数々の自動車賞を受賞し、大量のバックオーダーを抱えるほどの売行きをみせるなど、久々のヒットとなった。
ボディサイズこそさらに大きくなったものの、車重は約100kgも軽量化。5代目ゴルフで最大3.2リットルにまで肥大化していたエンジン排気量も、1.2~2.0リットルへとダウンサイジングされ、排気量の面では初代モデル(1.5~1.8リットル)のレベルにまで立ち戻った。
7代目ゴルフは従来の実用性や高品質をさらに熟成させたうえで、環境性能という新たな魅力も前面に押し出してきた。環境性能は経済性に直結するものでもあり、現代の自動車に最も求められている要素だ。そこにピタリと狙いを定め、成功を手に入れつつある7代目ゴルフは、かつての輝きを完全に取り戻したように見える。