今年9月のフランクフルトモーターショーでワールドプレミアを飾ったポルシェ「911 50th アニバーサリーエディション」。日本でのデリバリーも間近のようだ。
歴史をひも解いてみると、911が発売されたのは1965年。ただし、1963年のフランクフルトモーターショーで初披露されており、そこから数えて50周年にあたるというわけだ。発売から数えたほうがわかりやすいような気もするが、いずれにしても50年というのはすごい。「10周年記念」「20周年記念」というのはよく見るが、「50周年記念モデル」なんて、車に限らず、あらゆる工業製品でそうそう発売されるものではないだろう。
911の走りは「爽快」、そのひと言に尽きた
筆者は以前、初期の2.0リットルモデルの最後の年式である、1969年の911Sのエンジンを分解したことがある。その頃の911のエンジンといえば、本当に常識外れの飛び抜けた存在だった。部品を1つ外すごとに、ボルトを1本緩めるごとに、そのことをひしひしと感じたのを覚えている。
たとえばクランクケースを割って、その接合面を掃除しようとスクレーパーを当てると、その感触がなんとも独特だった。普通なら「シャカシャカ」なのに、「ズリズリ」と妙な手応えがあるのだ。
クランクケースといえば鋳鉄製が当たり前の時代に、911はオールアルミだということは知っていた。しかし、そのエンジンはアルミのさらに上を行く、マグネシウム製クランクケースだったのだ。やわらかい素材だから、スクレーパーを下手に当てるとクランクケース自体が削れてしまい、「ズリズリ」という感触になる。
そのモデルはクランクケースだけでなく、トランスミッションのケースや複雑な形状のインテークマニホールドまでもがマグネシウム製だった。さらに、ガスケットを使用しないクランクケースの接合、供給と排出が独立した2連オイルポンプ、放熱のためにナトリウムを封入した排気バルブ……等々、すごいところを挙げればきりがない。その精緻なつくりたるや、自動車用というより宇宙船の部品かと思うほどだった。実際、911の水平対向6気筒エンジンは、他のどのエンジンよりも美しいと思う。
その後、別の車両だが、ミツワのベテランメカニックがフルレストアした同年式の911Sをドライブする機会にも恵まれた。その走りは「爽快」のひと言に尽きるものだった。
「Sのエンジンはピーキーで素人の手に負えない」とか、「クラッチがとんでもなく神経質だ」といった都市伝説もあるが、実際にはそんなことはいっさいないといえるだろう。左ハンドルのMT車を普通に運転できる人なら、誰でも楽しめる車だ。それだけの一般性を持っていながら、アクセルを踏んだときの爽快感は、一度味わったら一生忘れられないほどのもの。シャープなエンジン、シャープなボディ、シャープなハンドリング。他のどの車とも比較できない孤高のスポーツカーだった。
50年経っても911は健在、気骨のある911ファンも健在
いま、911はそこまで特殊なクルマではなくなったというべきだろう。スペックで911を超える車はいくらでもあるし、エンジンのつくりにしても、他メーカーのV6と比べて格段に贅沢というほどではない。ポルシェのラインアップ拡充にともなって、「ポルシェ」イコール「911」というわけでもなくなった。
しかしそれでも、50年前と変わらず911は多くの人々に愛されている。単に売れているからというだけでなく、911に特別な思いを持つファンが大勢いるのだ。日本において、それを再確認させたのが、「911 50th アニバーサリーエディション」にMT仕様が加わったことだろう。当初はPDK(ポルシェ・ドッペルクップルング)のみ発売される予定だったが、多くの要望を受けて急遽、追加が決まったという。
近年、911のオーナーはカレラを個性的で快適なクーペとして購入するユーザーと、サーキットを走るためにGT2 / GT3を購入する一部のマニアに二極分化しているきらいがあった。したがってカレラの販売状況は、もはやそのほとんどがATという状況だ。しかし、ボディ各所にクラシカルなメッキパーツを配した50周年記念車となれば、それはやっぱりクラッチペダルを踏みながら味わいたいという人が、まだまだたくさんいたのだ。
911が50年経っても健在であるように、気骨のある911ファンもまた、変わらず健在であることはうれしい限りだ。