33年間にわたるトヨタ カローラの年間販売台数トップを止めるほどの大ヒットとなり、いまや押しも押されぬホンダの看板モデルとなったフィット。その3代目モデルが今月、華々しくデビューした。センタータンクレイアウトを踏襲しつつ、ボディもパワートレインもすべて作り直した、ホンダ渾身のニューモデルだ。

ホンダの新型フィット ハイブリッド(ビビッドスカイブルー・パール)

ハイブリッド車・ガソリン車・スポーツモデルのすべてでトップを狙う

この3代目フィットに課せられた使命は、ズバリ「打倒アクア!」といわれる。実際、ハイブリッドモデルの燃費はJC08モードで36.4km/リットルと、世界最高だったアクアを上回った。価格面でも、アクアが169万円スタートであるのに対し、フィット ハイブリッドは163万5,000円から。真正面から勝負を挑んでいるのは明らかだろう。

だがフィットはアクアと違い、ハイブリッド専用モデルではない。ガソリンエンジンモデルも従来と同じく1.3リットルと1.5リットルがあり、スポーツモデルのRSもラインアップされている。これらは当然、アクアとは別のコンパクトカーと競合することになる。

現在、日本のコンパクトカーはざっくりと分けて3つの勢力があると考えられる。1つ目は、究極のエコ性能を追求するハイブリッドカー。アクアやフィット ハイブリッドが該当する。2つ目は、モーターの力を借りず、ガソリンエンジンのみで低燃費を追求するタイプ。マツダ デミオや日産ノートだ。そして3つ目が、エコの追求とは距離を置き、走りの楽しさなど別の魅力を追求するタイプ。スズキのスイフト スポーツは、その走りで存在感を示している。ヨーロッパのコンパクトカーも、多くがこのグループに入るだろう。

フィットのスポーツモデル、RS

フィットに話を戻すと、これら群雄割拠するコンパクトカーの3つのグループすべてに、真正面から戦いを挑んでいるように見える。

ガソリン車で低燃費を追求するノートとデミオは、それぞれJC08モード燃費が24.0km/リットルと25.0km/リットル。これに対し、フィットの1.3リットルは26.0km/リットルを達成した。ノートの価格は125万円スタートだが、24.0km/リットルを達成したグレードは149万9,000円から。デミオも114万9,000円スタートだが、低燃費なスカイアクティブ搭載モデルは135万円。対してフィットの価格は126万5,000円スタートで、この最低価格グレードでも26.0km/リットルを達成している。

スポーツ性においては、コンパクトカー随一のモデルであるスイフト スポーツが、最高出力136PSのエンジンを搭載し、車重は1,040kg(MT仕様)となっている。一方、フィットのスポーツモデルであるRSは、最高出力132PS、車重1,050kg(MT仕様)。「なんだ、負けているじゃないか」と思うかもしれないが、スイフト スポーツは燃費が14.8km/リットルなのに対し、フィット RSは19.0km/リットルと圧勝している。

クルマの優劣を考える上で、スペックの数字を比較することに大した意味はない。ただ、作り手の思惑を推し量るには意外と有効だ。最近のクルマは、「このスペックはあのクルマに勝たなければならない」という理屈で、先にスペックが決められ、それを達成するように作り上げられることが多いからだ。

そしてスペックの数字を並べてみただけでも、フィットが決してアクアだけに照準を合わせたわけではないことがわかる。むしろ全方位。ハイブリッド車の燃費競争でも、ガソリン車の燃費競争でも、スポーツモデルとしての性能でもトップを取ろうとしている。

考えてみれば、コンパクトカークラスでハイブリッド車とガソリン車の両方をそろえるのは、世界的に見てもフィットくらいのものだ。そればかりか、フィットにはスポーツモデルも4WDモデルもある。1車種でこれだけ幅広いバリエーションをカバーするモデルは他にないだろう。しかも、あらゆる面で並み居るライバルを凌駕しているのだから、ホンダの技術力はあらためてすごいと言わざるをえない。

新型フィットは「ライバルありき」の「ホンダらしくないモデル」だが…

高度な技術をこれでもかと投入している点で、新型フィットは、「ホンダだからできた、いかにもホンダらしいモデル」といえる。しかし同時に、「最もホンダらしくないモデル」でもあると思う。どこがホンダらしくないのか?

それは、このモデルがすべてにおいて、「ライバルありき」でつくられている点だ。先行するライバルを調べ上げ、それを超えるようにつくられた。クルマづくりにおいては当たり前のことだが、ホンダはその当たり前を否定してきたメーカーでもある。

たとえば、ミニバンブームが日本を席巻したとき、ホンダは他に例のない「背の低いミニバン」として、オデッセイをつくった。同じく他に例のない「FFのワンボックス」として、ステップワゴンもつくった。どちらもライバルがいないから独走的なヒットを記録した。孤高の存在といえる軽自動車のミッドシップカーや、日本車最高額のスーパーカーもつくってきた。成功とまではいかなかったが、エンジン縦置きのFFミッドシップをつくったり、前席3人掛けのモデルをつくったりもした。

もちろん、ホンダの中でもこうした独創的なモデルはやはり特別な存在であって、ほとんどのモデルは正攻法でつくられている。しかし、この3代目フィットほど、あからさまに「ライバルありき」でつくられたモデルはなく、それを見てしまうと、やはり複雑な思いに抱かずにはいられない。もう少し、ポリシーを感じさせるような個性を出せなかったものか?

ゆえに、「3代目フィットはおもしろくない」といえなくもない。しかし逆の見方をすれば、個性や独創性を無視してつくったこの新型フィットこそ、ホンダがプライドをかなぐり捨て、死に物狂いでつくったクルマともいえる。ある意味、これがホンダの「本気」なのだ。世に「ホンダ党」は多いが、コンパクトカーのユーザー層といえば、やはりクルマを生活の道具と考える人々が中心。そう考えると、ホンダの判断は正しいのかもしれない。近いうちに弾き出される販売台数が、それを証明することになるだろう。