CX-5が売れに売れているという。とくにディーゼルエンジン搭載車の人気が凄まじく、発売した月に計画の8倍の受注を達成。その後も勢いが止まらず、これから注文した場合に工場出荷がいつ頃になるか、マツダのウェブサイトでアナウンスしているほどだ。

CX-5は「2012-2013 日本カー・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれた

SKYACTIVの「圧縮比14」は「凄まじいブレークスルー」

往年の自動車ファンにはロータリーエンジンのイメージが強いマツダだが、現在のラインアップからは消えてしまった。なんとも寂しいことだが、マツダはまったくへこたれていない。一時は低迷したものの、SKYACTIV(スカイアクティブ)という新機軸を掲げてからは絶好調。単に業績が回復しただけでなく、エコ一辺倒の自動車業界に、「走りの楽しさ」で一石を投じたり、日本の乗用車市場では"死に体"となっていたディーゼルエンジンを復活させたりと、痛快と言いたくなるほどの活躍を見せている。

そのSKYACTIVだが、これは特定の機能やパーツの名前ではなく、エンジン、トランスミッション、シャーシなどを含めた新しい技術の総称だという。見方によっては、ハイブリッドカーを持たないマツダが、ハイブリッドカーと戦うために手にした武器のひとつ、と言っていいかもしれない。なにしろ昨今の自動車業界は、ハイブリッドカーを「持つもの」「持たざるもの」に二分化されている。「持たざるもの」の中でも軽自動車をラインアップしているメーカーは打つ手があるが、それもないメーカーは本当に大変だ。

SKYACTIVはこれまでの技術を極限まで突き詰めることで、ハイブリッドカーと競い合えるだけのエコ性能を達成しようというコンセプトだが、これはある意味でスタート時点から非常に無理がある。「自由な発想で」とよくいわれるが、この無理難題を自ら選ぶのは、「自虐的な発想」とでもいうべきではないだろうか?

エンジンの話で言えば、内燃機関は100年にわたって世界中で研究され、行くところまで行き着いた技術だ。それをさらに、劇的といえるレベルで進化させるのは、不可能と言って差し支えないはず。ところがマツダはそれをやってのけた。キーワードとなるのは「圧縮比14:1」だと思うが、これは本当に凄まじいブレークスルーだ。

ガソリンエンジンの場合、圧縮比を上げれば性能が向上するのは常識であり、ガソリンエンジンの歴史は圧縮比をいかに上げるかを追求した歴史といっても過言ではない。世界中のメーカーが、圧縮比を0.1でも上げる上げる努力をして、それでも12~13で足踏みしていたところに、SKYACTIV-Gがいきなり14というのは途方もなさすぎる。陸上競技にたとえるなら、100mの世界記録が9秒5~6台でしのぎを削っているときに、いきなりやってきた選手が唐突に8秒台で走ってしまうようなものだ。

かつて「マツダのクルマをトヨタが売れば10倍売れる」と言われたが…

ディーゼルではまったく逆の図式で、通常は16:1くらいだがもっと下げたいと考えられていた圧縮比を、SKYACTIV-Dでいきなり14:1を達成。これもかなりの出来事だったのだが、あまりに凄すぎて、凄さが伝わらない。

2011年の東京モーターショーで展示されたCX-5

この「凄さが伝わらない」というのは、きわめて大きな問題だ。自動車の技術開発はつねにマーケティングと一体であり、ユーザーにインパクトを与えられるかどうかが重要になる。どんなに凄い技術でも、ユーザーに理解されなければ販売に結びつかないということだ。

以前、ホンダがLEV(ローエミッションビークル)という技術を売り物にしたことがあった。特定の機能ではなく技術の総称という意味でSKYACTIVと似ているが、LEVは商売としては失敗に終わったと言わざるをえない。誤解してほしくないが、LEVは技術的には成功で、ホンダの現行モデルにもその技術が生かされている。しかしユーザーにインパクトを与えられなかった。LEVをブランドとして成立させ、ホンダの価値を高めるというイメージ戦略ができなかったという意味では、失敗だったのだ。

LEVがユーザーに浸透しなかった理由のひとつは、その技術のひとつひとつが非常に地味でわかりにくかったからだ。同じことはSKYACTIVにもいえるが、この面でもマツダはじつにうまくやった。ハイブリッドカーのイメージがエコ一辺倒に偏りすぎたのを尻目に、走る楽しさを追求したイメージ戦略が当たったし、そのイメージとSUVであるCX-5のキャラクターもぴたりと一致している。

そんなマツダだが、かつて商売が下手なことで有名な時期もあった。「マツダのクルマをトヨタが売れば10倍売れる」などと揶揄(やゆ)されたものだ。

しかしいまや、マツダはイメージ戦略がうまい企業だ。「ZOOM-ZOOM」で売り、「iストップ」で売り、いまはSKYACTIVで売りまくっていて、商売上手なことこの上ないのだ。「iストップ」はSKYACTIVの技術のひとつだが、SKYACTIV軍団の先鋒の役割を果たした。プリウスのようにエンジンオフでエアコンが稼働する特殊なクルマでなくとも、エンジンを切ることをいまのユーザーは許容するのだと証明した功績は、非常に大きい。

他にない技術があり、それを売り込むイメージ戦略も上手。このふたつが噛み合ったことが、いまのマツダの強さだろう。ディーゼルエンジンの復権にしても、いったん貼られた悪者のレッテルをディーゼルから剥がすのは、どちらか片方だけでは無理だったはず。高性能なディーゼルは環境にいいと次第に認知されてきたことや、ガソリン価格の高騰といった追い風ももちろんあるが、やはりいまのマツダだからこそできたことだといえる。