写真家になるためには、人に作品を見てもらわなくては始まらない。しかし、撮った全ての作品を見せるわけにはいかないから、写真を見やすいようにまとめるノウハウが必要になる。前回は、写真家になるための撮影に対する考え方を解説したが、今回は3回に分けて撮った写真のまとめ方を解説する。
まずはポートフォリオから
僕は、写真家になる第一歩として、まず「ポートフォリオ」を作ることを提案したいんだ。ポートフォリオは"紙挟み"という意味で、書類をはさんでいるファイルのことを指す。これが転じてアートの世界では、作品ファイルの意味として使われることが多い。写真家の登竜門と呼ばれるコンペの代表的なものに、「キヤノン写真新世紀」やリクルートの「写真ひとつぼ展」(現在は1_WALL展と改称)、エプソンの「カラーイメージングコンテスト」などがある。これらのコンペは、未発表の作品を募集していて、ポートフォリオで審査することが多いね。今回のテーマになるポートフォリオとは、コンペに出品するような写真家の世界観をまとめた作品集、つまり手作り写真集と考えてほしい。
ポートフォリオを作るもうひとつの意味は、自分自身のためということ。作品をまとめることで、自分の作品を客観的に見つめ直して、自分がどのような状況にいるのかを認識できるからね。ポートフォリオをまとめる方法には、本来の意味である"紙挟み"のように、作品を1枚1枚の状態で箱や袋に入れるポートフォリオ型と、1冊の本のようにファイリングや製本をしてまとめるブック型の2種類がある。見せたい意図がきちんと伝われば、まとめ方はどんな形でもいいよ。
ポートフォリオの中に入る写真の枚数も別に決まっていないけど、しっかり自分の作品世界を見せようと思ったら、1冊のポートフォリオに最低20-30枚は欲しいね。5枚、10枚くらいを見せられても、その人がどういう世界観を持っているか見えにくいよ。逆に、写真が多すぎるのも困ってしまう。僕のように写真を見るプロでも、作品が100枚以上超えると正直疲れる。どうしても集中力が切れてしまう。1度に100枚以上の写真を見せるには、作家と作品によほど力がないと無理だよ。もちろん、500枚、1000枚という数がどうしても必要な場合もある。そんな時は、見る側も覚悟をきめて最後まで付き合うしかないけどね。
「ストーリー型」「図鑑型」「群写真型」
僕はコンペで審査員をやることが多く、今までいろいろなポートフォリオを見てきたけど、やっぱり写真の選び方、まとめ方でその作品は良し悪しが決まってくると思うね。つまり、もう少し考えてまとめればいいなのにって思う作品は多いんだ。
ポートフォリオのまとめ方は、以前の「写真集を楽しむために」にも解説したけど、「ストーリー型」「図鑑型」「群写真型」という分類の仕方がポートフォリオにも通じそうだ。物語をとして複数の写真を組み合わせる「ストーリー型」、1点1点同じようなコンセプトで撮って等価に並列して並べていく「図鑑型」、スナップショットのような形で、違う場所や違うコンセプトで撮った写真を、次のページで何が来るかわからない形で見せる塊や群のように見せる「群写真型」の3種類だね。自分の写真が、どのまとめ方に合っているか考えてみよう。
ただ、まとめ方はこの3つの型しかないわけじゃない。実際に出版されている写真集の大半は、「ストーリー型」、「図鑑型」、「群写真型の」折衷型だ。だからこの3つのまとめ方も、ひとつの指標として考えてほしい。実際には純粋にひとつの形におさまることは少ないよ。逆に、基本の3つの方法論に当てはまらない形が出てきたら、すごく面白い新しい表現の可能性もある。極端な言い方をしてしまうと、「図鑑型」に当てはまるような写真でも、あえて写真の大きさやレイアウトを自由に変えて「ストーリー型」的にまとめていくとか。反対に「ストーリー型」にはまりそうな写真を、きっちりとレイアウトして「図鑑型」にまとめていくとかね。それが意外に面白い場合もある。写真を扱っていく編集能力は写真家には絶対に必要とされる能力でもある。写真家の編集能力については、ヴォルフガング・ティルマンスの仕事について取り上げてみたいと思う。彼の写真の見せ方は、とてもかっこよくて、1990年代以降に多くの写真家に影響を与えたんだ。
ティルマンス・ショック
ヴォルフガング・ティルマンスは、1968年ドイツ、レムシャイト出身の写真家で、現在はロンドンとベルリンを拠点に活動している。天体への興味から写真を始め、90年代にイギリスに渡って『I-D』などの雑誌でファッション写真の仕事に携わった。そして90年代後半からは美術館で展示を中心に活動しているんだ。彼の作品はファッション写真から風景、スナップ、抽象的な写真まで、幅がものすごく広い。そして写真の見せ方がどれも全てセンスがいいんだ。今回はティルマンスの『if one thing matters, everything matters』という作品集を紹介しよう。
『if one thing matters, everything matters』は、2003年にティルマンスがイギリスで初めて行なった回顧展をカタログにまとめたもの。回顧展はロンドンのナショナルギャラリーのイギリス美術部門であるテート・ギャラリーで開催された。今までにティルマンスが撮った代表作から展覧会用の新作まで2300点の写真を、まるでショッピングカタログのように同じ大きさに並べたんだ。この写真の並べ方は斬新で、すごく面白い。並べる順番はティルマンスが写真を始めたころの天体写真、ファッション写真、コンコルドの写真……と、撮った順に並べられている。彼がどんなことを考えて、どんな風に作品にしてきたかがよくわかるようになっている。「群写真型」に見える作品を「図鑑型」のように1点1点を等価に扱う並べ方にすることで、今まで発表した仕事なのに従来とは違う見え方になっている。ある意味で実験的な作品集でもある。タイトルは「ひとつのことが大事なら、すべてが大事ということ」というような意味。これもティルマンスの考え方をよく示しているね。
彼の作品のまとめ方を見ていると、非常に編集力が高く、映像センスが抜群であることがわかる。彼の能力の高さが目立ちはじめたのは『Concorde』(2002年 Walther Koenig)を撮り始めたころから。この写真集では、少年時代から大好きな超音速飛行機に対する、彼のワクワク感をストレートに打ち出している。彼は、常にいろいろな方法論を試しているんだ。写真集には版形という大きさの制約があるから、展示による作品の発表も意欲的に始めていく。そこで彼は、大きさの違うバラバラの写真を壁にまき散らすような展示の仕方を考え出した。この展示方法は、それ以後写真家たちに大きな影響を与えている。インスタレーション(設置、配置)的な展示方法が90年代にあらわれてくるけれど、ティルマンスが発表した展示の仕方が一番洗練された形だと思う。現在の展示のスタイルは、彼の展示が基準になっていると言ってもいいだろう。
ティルマンスの作品は、銀塩写真やデジタル写真もあるし、ときどき印刷物を使っていたりする。大きさも小さなものから大きなものまで、さまざまなサイズがある。とにかく自由で、多くのアイディアを織り交ぜて、常に今までの固定観念を壊すような写真の見せ方を模索している。写真家によっては1つのスタイルを作ってしまうとそれに縛られてしまう人が多いけど、見る側としては「またコレなのか」ってマンネリに感じることもある。システムを壊していく勇気と実行力も、写真家には必要になってくる。常に新しいまとめ方を実践しているティルマンスのスタイルは、多くの人にショックを与え、その影響力は未だに続いている。まだ彼の作品を見たことがない人がいたら、作品をまとめていくセンスを実感するためにも一度見てみるといいよ。
飯沢耕太郎(いいざわこうたろう)
写真評論家。日本大学芸術学部写真学科卒業、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。
『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞、『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房)で日本写真協会年度賞受賞。『写真を愉しむ』(岩波新書)、『眼から眼へ』(みすず書房)、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング)、『きのこ文学大全』(平凡社新書)、『戦後民主主義と少女漫画』(PHP新書)など著書多数。写真分野のみならず、キノコ分野など多方面で活躍している。