美しい車窓は、鉄道旅行の大きな楽しみである。しかし、撮影しても景色が流れてしまったり、車内の蛍光灯が写り込んだり、ポールがど真ん中に入ったり、シャッターを押すのが間に合わなかったりと、なかなかうまくいかないものだ。そんな車窓の撮影にも、プロの仕事の極意があった。車窓写真を集めた著書もある、鉄道写真家の猪井貴志さんに撮影の際のポイントをうかがった。

予讃線を走る特急「しおかぜ」号から撮影。見えているのは、しまなみ海道に近い瀬戸内海

近景を流して「臨場感」を表現

プロが車窓を撮影するために列車に乗るとき、すでに"どこで何を撮るか"は決まっている。日頃の"外から"のロケハンで、"中から"の風景の見当がついているのだ。偶然をとらえようとする素人とは、この点で全く違うことが話の前提となる。

猪井さんが車窓風景の撮影でポイントとしていることは、3つある。第1のポイントは"構図にその車両の特徴を写し込む"ということ。特に、「窓枠は必ず入れたいね」といい、使用レンズは超広角の17mm。カメラは手持ちで、少しずつ窓枠の位置を調整しながら、シャッターチャンスを待つのだ。上の作品では、広い一枚ガラスの窓を大きく入れて、特急らしさを表現した。

第2のポイントは"動いている列車から撮影したのだという臨場感"の表現。この作品では、手前の緑は流れ、奥の海は止まっている。この動きの違いが臨場感になるのだ。「こういう効果が出せるシャッタースピードは、だいたい1/60~1/125の間くらいだね」と猪井さん。この作品の場合は、列車の速度が時速約70kmだったので、1/80に設定した。絞りは外の景色のTTLを参考にする。

ポールを目安にリズムをとって連写

後は、狙い定めた瞬間が来るのをじっと待つ。「ずっと海が見えているような区間でも、撮影できるのは数秒なんだよ」と猪井さん。素人は撮影しようとしたときに初めて、電線や木、ポールなどの障害物の多さに気がつくが、プロはそれも承知した上で、カメラを構えたまま待つのだ。そして、ここぞと思ったら連写する。ポールを過ぎたタイミングで「ポール、タタタ(連写)、ポール、タタタ」と、リズムをとって連写するのがコツだ。

最後に第3のポイント。それは「いい車窓風景を楽しもう」ということ。「窓の反射や、人が構図に入ることは気にしないよ。そんな細かいことより、きれいな景色を楽しもうよ」と、猪井さんは言う。"風景写真"と"車窓風景の写真"は、全く違うのだから。

もう一歩で傑作になる例
筆者撮影。窓際に白っぽい服の人が来てしまい、自分も身動きがとれなかったため、写り込みが避けられなかった。大失敗かと思ったが、猪井さん曰く「こういう写り込みは車窓独特のものだから、失敗じゃないよ。この人がマスクをしていなくて、ポーズが決まれば傑作だったよ。写り込みを気にすることよりも、風景に柵や電線がないところを狙うことと、海側の線路を走る列車から撮ることだね」。