1970年台に発売されていた8 bit CPUを搭載したコンピュータは、国内では「マイコン」、米国では「ホームコンピュータ」などと呼ばれていた。これらは画面がコード指定で文字を表示させるキャラクタディスプレイを装備するものがほとんどだった。というのも8 bit プロセッサは、それほど性能が高くないため、文字をビットマップで表示するとスクロールなどが遅くなってしまうためだ。このときに使われる文字には、アプリケーションやゲームに利用できるように作られた「グラフィックキャラクタ」と呼ばれる文字があった。
いまで言うなら「絵文字」のようなものだ。1999年以降に携帯電話に絵文字が搭載されるが、当時の携帯電話メーカーのほとんどは、1970年台に「マイコン」を製品化したメーカーでもあった。コードで文字でないものを表示することにそれほど抵抗がなかったのかもしれない。1970年台にマイコンを使っていた学生が技術者として活躍し始める時期とも重なる。マイコンのグラフィックキャラクタと絵文字の関係を語る文書やエピソードは寡聞にして知らないが、筆者のような当時のマイコンユーザーにしてみれば絵文字に違和感を抱くことはなかった。
グラフィックキャラクタには、トランプのマーク、「年月日時分秒」などの漢字、人や乗り物などを表す画像、縦横、斜めの罫線キャラクタなどがあり、これらを文字として表示させることで、見かけ上、簡易なグラフィックスを表示することができた。また、機種によって、1文字分の領域を縦横に2分割するドットを表示する「簡易グラフィック」キャラクタを持っていた。
8 bitマイコンのほとんどがBASICを装備していたため、文字列表示で簡易なグラフィックスを表示することができた。また、機械語などを使うことで、高速なアニメーションを実現したソフトウェアもあった。
筆者が1970年台に使ったMZ-80Kもディスプレイはキャラクタ表示のみで、さまざまなグラフィックキャラクタを表示するためのディスプレイコード(ビデオメモリに書き込むコード)を持っていた(写真01)。BASICの文字列ではディスプレイコードの一部が利用でき、文字列中にカーソルコードを入れることで、キャラクタを2次元に配置することが可能だった。キャラクタになぜか「生」が入っている。「年月日」と合わせて「生年月日」と表示できる。これは、初期のデモプログラムでよく使われた「バイオリズム」に必須の表示項目だ。学園祭などで誕生日を聞いてプリンタ印字を配ると、当時は行列ができたものである。
こんなグラフィックキャラクタだが、Unicodeにも取り込まれている。現行のUnicode 15.1にある「Symbols for Legacy Computing」と呼ばれるブロックには、古いコンピュータから取られた文字が定義されている。また、「Block Elements」には、1文字を4分割して2×2ドットを表示する簡易グラフックス(Quadrantsと呼ばれる)が定義されている。
さらに現在策定中のUnicode 16では、Symbols for Legacy Computingに収録されるグラフックキャラクタが追加される予定だ。そのワーキンググループドキュメントなどをみるに、日本のMZシリーズなどからも文字が収録されるらしい。写真02はUnicode 1.6のドラフト文書からのもの、である。MZ-80シリーズのグラフィックキャラクタは、回路図記号のようなキャラクタを持つのが特徴だが、似たような文字が、ドラフト文書の文字コード表左側に見える。
こうした動向にいち早く対応したのが、Windows Terminalに付属するフォントCascadia Codeだ。4月に公開されたCascadia Code 2404.23は、8 bitマシン固有のキャラクタには、まだ対応していないが、1文字を2×3に分割したSEXTANTS、2×4に分割したOCTANTSといった簡易グラフィックキャラクタが追加される(写真03)。Windows Terminalでは、1文字に文字色と背景色の2色を指定できるので、カラーの「ドット絵」も表示できる。
さらに3倍角文字を表示するための「LARGE TYPE PIECES」や斜め線などが収録されている。LARGE TYPE PIECESは、アルファベットの文字を構成する部品からなる文字だ(写真04)。これはHP社の端末に搭載されていたものだという。縦横3文字を組み合わせることでアルファベット1文字を表すことができる55個のパターンを持つ。このため、端末のエスケープシーケンスに依存せず、ユニコード文字だけで3倍角文字を表示できる。
Cascadia Codeフォントは、Windows Terminalと同時に開発されたフォントだ。ソースコード表示に向いたリガチャーを持つ「Cascadia Code」、リガチャーのない「Cascadia Mono」の2つがある。さらに、それぞれのバリエーションとして、Powerlineシンボルを組み込んだ「Cascadia Code/Mono PL」と、Nerd Fontのシンボルを組み込んだ「Cascadia Code/Mono NF」の合計6フォントが提供される。ソースコード向けのリガチャーは、たとえば、“!=”を“≠”などと表示する。
Windows Terminalをインストールすると、同時にインストールされるほか、フォント単体でも入手可能だ。Windows Terminalの最新の安定版(v1.19.11213.0)や、プレビュー版(v1.20.11215.0)にアップデートすれば、最新版のCascadia Code 2404.23に更新される。
Cascadia Codeフォントは、ソースコードがGitHubのmicrosoft/cascadia-codeで公開され、ここのReleasesからzipファイルとしてフォントファイルをダウンロードできる。
今回のタイトルネタは、ディックの「ヴァルカンの鉄槌」(創元SF文庫。原題 Vulcan's Hammer,1960)である。「ヴァルカン」とは、核戦争後の荒廃した世界を管理する超巨大コンピュータの名前。1960年台、まだマイクロプロセッサが生まれていない頃、コンピューターが進化して行き着くのは巨大な超高性能コンピューターだと考えられていた。SFで「レガシー」なコンピュータといえば、こうした巨大コンピュータだろう。