• 店を継ぐもの/Inherit the Stores

現在では、一部のWindows標準アプリなどがMicrosoftストアで配布されており、WSLのディストリビューションやフォント、テーマなどもMicrosoftストア経由で配布が行われている。そういうわけで、多少は、Microsoftストアアプリを使う機会も増えてきた。このMicrosoftストアだが、Windows 11のリリース以来、改良が続いている。

というのも、このところ世界各地で、AppleやGoogleなどのモバイルプラットフォーム企業に対する規制が相次いで議論されている。EUや米国、ドイツ、英国などでも法規制が議論され、法整備が進みつつある。もちろん、国内でも同様だ。これらは、単にアプリストアだけを対象にしているのではなく、「デジタルプラットフォーム」での競争を適性にするためのもの。従来型の不正競争防止関連の法律では、もう取り締まりが困難になったからだ。モバイルプラットフォーム企業は独占企業のようにしか見えないが、従来型の不正競争防止関連の法律では規制が困難だという。

1969年に始まったIBM反トラスト法訴訟では、1982年に司法省が訴訟を取り下げるまでに13年もかかった。Microsoftも1998年にInternet Explorerの同梱で訴訟となったが和解まで4年かかった。とはいえ、効果がなかったわけでもない。IBMが訴訟を起こされずにいたら、Microsoft(創業は1975年)が成長できたかどうか? あるいはMicrosoftが訴訟されていなかったら、GoogleのChromeが大きなシェアを取ることができたかどうか? 異論もあるだろうが、不正な競争を防ぐことは、何らかの効果があったと考えられる。しかし、こうした不正競争防止関連法案は結着までに時間がかかる。4年もあれば、OSやブラウザなどのアプリケーションやサービスは変化し、状況がまったく変わってしまう(あるいは変えられてしまう)可能性が高い。

このため事業者に対して事前に遵守すべきルールを定めておくという方向になってきたようだ。具体的には、事業者による特定サービス利用の義務付け、自己優遇、差別的な扱い、知り得た個人情報を利用してのビジネスなどの禁止などである。こうした議論は、昨日今日始まった問題ではなく、2010年台中頃から議論が始まっていた。たいていは、外堀から埋められていくので、その動きには気がつきにくい。EUで2016年に成立したGDPR(General Data Protection Regulation。一般データ保護規則)、2022年に成立した日本の「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」も、こうした動きの1つ。そして、今、ようやくモバイルエコシステムに着手できるようになったわけだ。

なので、Microsoftストアも、規制にかからないように変化する必要がある。昨年2月にMicrosoftは「Adapting ahead of regulation: a principled approach to app stores」(規制に先んじた適応:アプリストアへの原則的なアプローチ)という記事で、


These principles are grounded in app store legislation being considered by governments around the world, including by the United States, the European Union, the Republic of Korea, the Netherlands, and elsewhere.
これらの原則は、米国、欧州連合、韓国、オランダなど、世界中の政府によって検討されている『アプリストアの法律』に基づいています。
※Microsoft翻訳による日本語訳。『』の使用は筆者による

と書いている。これは、Microsoftによるゲームソフト開発企業Activision Blizzard, Inc.の買収が問題視されていることに関して、規制がかかる前にアプリストアの原則を制定しますよ、という内容のものだが、Windows上のMicrosoftストアも対象になっている。

今年3月に公開されたMicrosoftのBlog記事「A principled approach to app pinning and app defaults in Windows | Windows Experience Blog」(Windows でのアプリのピン留めとアプリの既定値に対する原則的なアプローチ)では、「既定のアプリ」と「ピン留め」に関する新機能を提供するとした。

既定のアプリに関しては、「設定」アプリの適切な項目を表示するためのURIリンク方法を提供する。これによりEdgeが自身に関する設定ページを開くのと同じことを行えるようになる。

「ピン留め」では、アプリを標準起動のアイコンだけでなく、アプリの特定の動作を指定したアイコン――たとえば、Webブラウザなら、特定のWebサイトを開くリンクアイコンのようなもの。MicrosoftではこれをSecondary Tileと呼ぶ――をタスクバーに登録できるようになる。この機能は、従来、開発者がマイクロソフトから許可を取る必要があった「制限つきアクセスAPI」だった(写真01)。

  • 写真01: タスクバーにSecondary Tileを、ピン留めするためのAPIに関するMicrosoftのページ(TaskbarManager クラス (Windows.UI.Shell))。現時点では制限付きAPIになっていて誰でも使えるわけではない

これまで、Microsoft製のアプリケーションだけが利用できた機能が一般アプリケーションでも利用できるようになる。Microsoftストアだけに限らず、自社アプリがプラットフォームで優越的な位置を持つことは普通だった。しかし、こうした「自己優遇」もそろそろ終わりになりそうだ。

「デジタルプラットフォーム」への規制の動きを考えると、なぜ、GoogleはMicrosoftのEdgeにChrome Webストアを使わせているのか? Google Play GamesでAndroidのモバイルゲームをWindowsに配信するのはなぜ? といった疑問の答えが、見えるような気がする。

2017年のWindows 10発表時に公開されたProject Astria(AndroidのアプリをWindows上で動かす)は、翌年2月に1年も経たずに中止された(前から準備してきたというのに)。しかし2021年のWindows 11で復活して、現在Windows Subsystem for Androidが動いているのにも何か理由がある。米国以外の展開に時間がかかるのは技術的な問題というよりも契約的な問題のように見える。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というやつか。

今回のタイトルネタは、J・P・ホーガンの「星を継ぐもの」(原題 Inherit the Stars,1977)である。日本での翻訳は1980年(創元SF文庫)。1960年台以前の作品と違って、肌でSFの隆盛を感じた一冊だった。当時、マイコンと呼ばれていたマイクロプロセッサは、1981年のIBM PCなどの16bit CPUマシンから急速に発達して普及する。そしてSFとは異なる時間線(現実)を作ることになる。大学に入ったとき、電卓で実験結果を集計したが、卒論はワープロで書いた。今から思えば、1980年台の中頃、世界は「分岐」したのかも。