『草食系男子の恋愛学』(森岡正博・著)という本が大変おもしろかった。電車の中で読んでいたのだが、転げ回ってドアやら手すりやらを叩いて爆笑してしまうかと思うくらい。危ないところだった。べつに嘲笑しているのではなく、不器用な男子が犯してしまうミスのひとつひとつが、えらくチャーミングに描かれているのだ。自分に自信のない、臆病な男子の目線で描かれていて、それをどう克服して女に受け入れてもらえるようにするか、という姿勢がかわいい。男のことは「男」、女のことは「女性」と書いていて、女に対する敬意がよく伝わり、好感度が高かった。エピローグでは電車内で目に涙が溜まってマスカラ涙を流すところであった。女子も男子も楽しめる、好著だと思う。

内容は、著者の経験を元に書かれているが、中身には「草食系」という言葉はほとんど使われていない。大抵の本がそうであるように原稿ができてから、最後に流行に乗っ取ってあてがわれたタイトルであることが想像できる。「草食系」という言葉は、最近生まれた言葉のように思うが、実はかなり昔からいた人種であるのだ。

そう、時は明治(多分)であるが、ここにも草食系男子がいる。『あすなろ坂』に登場する昌平さんだ。昌平さんは、美人で気だてのよい史織(武史さんが浮気してできた娘)に思いを寄せているが、なにしろ草食系なので口に出せない。

一方で史織は、美人なのであるが、気立てが良いので、非常に控えめで謙虚である。こういう女は、自分の価値を安売りしがちで、変に強気のダメ男に引っかかりやすい。最初は兄の友人の光太郎だ。傲慢で男尊女卑なこの男に申し込まれ、「お父様が死ぬ前に嫁にいっときゃ安心して逝ってくれるかしら」(父は結核で寝込んでいるのだ)と、お受けする。しかし、光太郎の高飛車な考え方について行けず、もう父も死んだ後だったので、結婚寸前に破談にするのだ。

光太郎は「きみは僕の言うことに従っていればいいんだ」などと言い、「女は仕事をするもんじゃない」という狭い考え方で、それに史織は反発し、別れを決意する。偉いぞ史織。しかし、こういうことを臆せず口に出すところが恥知らずで、なかなか見所がある男であるが(そう思っていても口に出さない輩も多かろう)、もちろん女性の人権を訴える70年代少女漫画では悪者である。

結婚直前に破談になり、史織はせっせと看護婦として働いている。そこへやってきたのが、これまた強引な軍人どの(陸軍だか海軍だかまったくわからないところが少女漫画だなあ)だ。気の強い婦長さんである史織を気に入った軍人どのは、おあつらえ向きに場所が病院で、ベッドなども完備されていたためか、強引にいたしてしまう。

満腹の軍人どのが、たばこを吸っているところに昌平さんがやってきて、第一発見者となってしまうわけだが、おかげで昌平さんと史織のすれ違いが本格的に始まるのだ。

結局、草食系の昌平さんは、むしゃむしゃ草食ってて行動に移せなかったが、史織が思いきって昌平さんに告白したのは、窮鼠猫を噛む、史織をモノにしたと偉そうにしている軍人どのを、ついカッとなって昌平さんが刺してしまった後だった。もっと早くお互いの意思確認をしておけば、こんな事件は起こらなかったはずなのだが、なんとこの件で昌平さんは、8年も牢屋に入ることになってしまう。

現代に生きる草食系男子よ、自分に自信がない、傷つくのがイヤだ、女に積極的になれないなどと言っている場合ではない。のんびり草食っててチャンスをものにしないと、8年も牢屋に入るハメになってしまうかもしれないのである! それに比べたら、女に言い寄るくらい、なんてことないじゃあないですか。
<つづく>