つかぬ事をおたずねしますが、貴方は仕事の会議中、参加者にお尻を見せたことはありますか……?

私は仕事をするとき、例えばレストランの記事を書くなら、そこで必ず何かを食し、エステの記事なら体験をするといった具合に、執筆するものに関しては必ず体験をするというのが信条である。そして腰痛についての取材をしたとき……そのときも私は信条を崩さなかった。取材中、私はものすごい腰痛を患ったのだ。這々の体で先生のところに行くと「ブロック注射してあげようか?」と言われた。ブロック注射は、腰痛の代表的な治療法のひとつである。ついうっかり「お願いします」などと言ったら、ベッドに横にさせられ、ジーンズを下ろされ、尾てい骨めがけて注射針を入れられたのである。家に帰って、注射のあとに貼られた絆創膏を触ってみたら、このままトイレに行ったら大変なことになるんじゃないかというくらいの場所に貼ってあった……取材中に人に尻を出すとは、社会人になって長いけれど、初めてのことである。

しかし女にとって、痛いとか苦しいとかの状況から救ってくれる男性というのは、かなり萌えだ。医者に惚れてしまう女性も多かろう。金持ってそうだしな。『BLACK BIRD』では、そんな萌え事情を活かし、主人公の実沙緒は、匡に傷を舐めてもらうと完治するという設定である。尻に注射されるよりもよっぽどいいな。

そして実沙緒は、100年に1度生まれると言われる「仙果」という人間で、その血を妖が飲むと寿命が延び(疾病が回復)、肉を食らうと不老不死に、花嫁に迎えると、一族に繁栄をもたらすと言われている。よって物語は、(1)実沙緒が雑魚妖怪に襲われ傷を負い→(2)匡に傷をなめてもらって治し→(3)実沙緒を助けたために匡が負傷し→(4)実沙緒がチューして治す→そんでまた実沙緒が雑魚妖怪に襲われ……というように輪廻する。つまり、上記(1)~(4)の行程のうち、(2)と(4)で読者サービスが行われるのである。

また実沙緒が怪我するのが、ふくらはぎとか肘とか、どうにも色気のないところではなく、首筋とか太ももとか、いつでも美味しい場所なのである。そのたびに、匡は実沙緒を抱きかかえて舐めまくる。実沙緒も実沙緒で、涙を流して「あぁ……いやっ……痛いっ!」とか言っちゃって、なんともいかがわしい。尻に注射(本物のな)されるのと、えらい違いだ。

一方で、匡が毒を食らったり傷を負ったりすると、それを治すためにお二人の濃厚なキッスシーンが始まる。それだけではなく、匡はもー10年も片思いしてた実沙緒と両思いになれたもんだから、サカっちゃってしょうがないのである。あれやこれやとサービスをしてくれるのだ(ほら、本番は障害があってしちゃいけないことになってるから)。

そう、匡は子どものころから実沙緒が好きで、彼女を嫁にするために跡目争いに挑み、とうとう跡目の権利を得て、実沙緒を嫁にするために戻ってきたらしい。これは女にとって、相当の萌えである。理由のひとつは、そんな長い時間、自分だけを想っていてくれたということ。人間の恋愛平均期間は3~4年なんだそうだ。男女が出会って子育てが一段落するまでの期間なのだとか。匡は10年間も、実沙緒に会わずに思いを募らせたのだから、さすがは妖。人間の恋愛期間の比じゃありません。匡がイケメンじゃなくてもほだされようというもの。

もうひとつの萌え理由は、自分のために男が地位を獲得したということ。女が金や地位のある男が好きなのはすでに述べており、想像に易いと思うが、その地位を自分のために得たとなると、男だけではなく自分の地位も上がることになる。これと同じ設定が『源氏物語』の夕霧。夕霧も大好きな雲居の雁との仲を認めてほしいがために、必死に勉強して位を上げる。自分のために努力を惜しまない男がいたら、そりゃー萌えますがな。女は生物学的に、自分が子育てに入り、絶対的に身動きがとれなくなる期間、大事に自分を守って養ってくれる相手を探しているわけで、「自分のために死ぬほど努力をしました」なんて言われたら、安心して子育ての希望が持てるわけである。

作者の桜小路かのこは、これが初の長編であり、まだ新人と言ってよい作家だと思うが、少女漫画にありがちなベタなテーマにも関わらず充分に楽しめる作品の上品さ、テンポの良さ、それからエロネタのおもしろさなど、キラリと光るものを感じさせる。清水玲子、ジョージ朝倉、惣領冬美など、少女漫画の枠を飛び出して上質な作品を作るようになる作家は、初期のころからこなれていないながらも光るものを感じさせるものだ。この作者も今後を楽しみにしていたいと思う。
<『BLACK BIRD』編 FIN>