『性犯罪被害にあうということ』という本を読んで、非常に辛い気持ちになった。映画館やら電車やらで、軽い痴漢にあっただけでも腹立たしいのに、力で無理矢理ねじ伏せられること、自分を人間として尊重されないことが、どれだけ空しく、腹立たしいだろうと思う。男性向け漫画に呑気にレイプものなんかが横行していることにも真剣に腹が立ってきた。ああいうのを、かけらでも真実があると思って読んでる男がいるかと思うと、もの悲しい。
しかし今回は、ここから一気に明るいネタに飛び込むつもりである。2008年の小学館漫画賞の少女漫画部門を受賞した『BLACK BIRD』の話をしようじゃないか。少女漫画でよく見かける意匠ばかりのこの漫画、「これでもか」と幕の内弁当的にギッシリ美味しい話が詰まっている。
主人公は、平凡だけど、妖(あやかし)が見える、ちょっぴり不思議ちゃんな女子高生、実沙緒。そして彼女を嫁にとつけ回す、妖一族の長、匡(きょう)。彼は当然のごとくイケメンなのであるが、すごいのは彼はなんと、天狗だということである。イケメンの天狗って……! さすが少女漫画。デフォルメ度合いが群を抜いております。
イケナイ生き物が聖女っぽい主人公に惚れてつけ回すのは、少女漫画で石を投げれば当たるくらいによくある話である。『悪魔の花嫁』『銀の鬼』などなど、調べずしてすぐにいくつも浮かぶ。それに加えて、登場人物のイケメンと主人公が、とある事情があってセックスしなければなんねーんだ、という状況も、またよくある。『青の封印』なんかがそうだ。『BLACK BIRD』では、実沙緒とセックスした妖は、強力な力を得ることができるということで、あれこれとイケメンが登場しては、「さあ、俺といたしましょうか」とお誘いをしてくるのである。
話の条件にセックスを絡ませるのは、「理由があるから、やんなきゃならねーんだ」という言い訳を男性キャラに与えているのである。つまり「溜まっちゃってやりたくって仕方がないからするんじゃないのよ」という免罪符をあげているのだ。おかげで登場するイケメンたちは、無駄にサカることなく、クールに主人公のケツを追い回す。
1巻では、完全に匡の片思いで、「嫁になれー」「嫁になれー」と言って実沙緒を追いかけ回す。「主人公の不可侵条約」により、意に沿わない相手とは無理矢理にでもセックスをしないのが決まりであるから、実沙緒が匡に気があるのが見え見えであろうとも、「私は匡を好きじゃない」と文面に書いてある以上、彼女と匡が致すことはない。
が、2巻から両思いになると、二人の間に障害がなくなってしまう。新たな条件を付加しないと、いつでもセックスできてしまうのだ。これはいかんということで、「匡は、力が欲しいから私を抱きたいんじゃないの?」とかこれまた少女漫画頻出の悩み文句を言ってみたり、それが解決すると、今度は「やっちゃうと、そのあとになんかが起こるらしいよ」と、謎が持ちかけられる。これにより、二人は現在7巻まで、惜しくも致すことができていない。もう匡は我慢でパンパンである。
かくして、匡は(実沙緒も)、「好きなのに抱き合えない」という、現実にはあまりあり得なそうな状況で悩み、読者たちを萌えさせているのである。「男は我慢してなんぼ」の法則である。そこでひとつわかることがある。女がなぜ、男が我慢することにこれほどシビれるのか。その対極にあるのが、性犯罪であるからだ。男に我慢を強いる少女漫画の常識は、愛していて、大事にして、その上で求めてほしいのだという、女たちの普遍の叫びなのである。
まあセックスはできなくても、この二人、あらゆる場所でチューチューチューチュー、萌えまくりである。ここがこの漫画の美味いところであるが、詳細はまた次回に。
<つづく>