随分前だけど、スペイン人男性と一緒にプレイステーションのゲームをやっていたら、彼が「女性はゲームやってる男には冷たくて『こんなのどこがおもしろいのかしら、いい加減にしてよ』って言うんだよ」と言っていて笑った。どこの国でも男女の関係って同じなんだな。
先日放送していたNHKスペシャル『女と男』では、男は長い長い狩猟生活の名残で、地理に強かったり目の前のでっかい獲物を倒したりという本能があるのだそうだ。なるほど、それで男性向け漫画では「目的(獲物)」「攻略」「達成(食料確保)」の構造になっているのだな。ゲームもまた同じ構造だ。だから女よりも男のほうがゲームに熱中しやすい。もちろん女は子育てをしなければいけないから、子供に手がかかる期間、優しくサポートしてくれる男を見極める必要があるため、「君だけに夢中」的な恋愛話で頭がいっぱいなわけだ。
しかしそんな中、全19巻中、男女の恋愛が3ページくらいしか描かれず、マッチョな男ばっかりぞろぞろ出てきて、ドンパチを繰り返すハードボイルドな少女漫画がある。『BANANA FISH』だ。絵柄も女性向けからはほど遠く、「少女漫画がダメな男性にまず勧めたい」と言われる作品である。
私にとって作者の吉田秋生(よしだ あきみ)は、非常に繊細で、心の底を覗くような作品を描く、むしゃぶりつきたくなるほど大好きな作家の一人だ。彼女の作品もまた、どれを取り上げようか悩ましかった。どうしても映画化したらクソになりそうな『桜の園』(なぜか2回も映画化)、映画『バスケットボール・ダイアリー』を見ると頭に浮かんで仕方がない『カリフォルニア物語』、『ラバーズ・キス』もいいし『夢見る頃を過ぎても』も秀作だ。『海街diary』は高級すぎて少女漫画云々どころではない。ここはやはり、少女漫画界きってのヒーロー、アッシュ・リンクスが生まれた『BANANA FISH』から取り上げるのが筋でしょうか。
場所はニューヨーク。ストリート・キッズを取り仕切る超美少年のアッシュと、腰抜け美少年の英二らが、謎の言葉"BANANA FISH"を追い、ハゲ坊主率いるコルシカマフィアと戦っていく話だ。謎を追うスリル、アクション、知恵比べと、確かに男向けの要素がたくさん詰まっている。しかしそれ以上に、女萌えもてんこ盛りなのだ。その代表が、アッシュと英二のふたりである。
女は恋愛至上主義であるゆえ、「友情よりも恋愛」の場合が多い。親友が好きな男を平気で取っちゃったり、友人との約束より彼とのデートが優先なんてのは女性界では日常茶飯事である。引き替え「男の友情」って、なんか得難い感じ。筋肉と汗と笑いで結ばれた絆は、女のぷよぷよな脂肪ごときは、割って入れない感じがするのである。そのため、「男の友情」的な話は、女にはない世界の憧れとして、女萌えなのだ。
心に深い傷を負ったアッシュと、繊細なハートを持つ英二は、もうソウルメイトを通り越して、愛の世界だ。ここからどれだけ二次創作が生まれたのか、想像に難くない。そしてここで注目したいのは、英二だ。
少女漫画には、しばしば「無能なキャラ」というのが登場する。人が良くて、べそべそ泣くだけの、役立たず。『ベルサイユのばら』ではロザリーがそうだし、『NANA』、『覇王愛人』、『僕は妹に恋をする』の主人公たちも、やらせてやってる以外は結構な勢いで無能ものだ。しかし、無能でありながら男に好かれてチヤホヤされる……大半の女が夢見てやまない環境なのだろう。だって、無能でいいなら、何の努力もいらないのだから。
『BANANA FISH』では、英二がそうだ。ほかの男どもがドンパチやってるときに、しおしおとして役に立たず、がっちりアッシュに守ってもらっている。どうやら家事が得意のようだし、英二はまるで女役なのである。
『ベルばら』のロザリーは、肯定派と否定派に大きく別れたそうだ。オスカル様にいちいち守ってもらう、無能者ロザリーに自己投影した読者は肯定派、焼き餅を焼いた読者は否定派だ。しかし英二は違う。彼は男であるから、英二に焼き餅を焼く読者は少ない。にもかかわらず、「自分もこんな風にアッシュ(男)に守ってもらいたい」という夢が見られる。『BANANA
FISH』は、女をとことん排除したゆえに、女から絶大な支持を受けることになった漫画なのである。
<つづく>