世の中、一般的に異性に媚びる奴のほうがモテる。猫なで声を出せというのではない。相手の求めるものを自ら提供する、ということ。男にモテてたい女たちは、「愛されメイク」だの「愛されワンピ」だのの獲得に忙しい。男をゲットするための恋愛ハウツー本の『理想の男性と結婚するための35の法則』(ワニ文庫)など、日米で大ベストセラーだ(ちなみに"好きな"ではなくて"理想の"ってとこがポイントだな。女は怖いよ)。
男の女に対する判断って、割と単純だ。女はモテたかったら、さらさらロングヘアで色白肌にピンクの服を着ればよい。それだけで裏で何股かけようが、男は「この子は清純」と思うようである。服がピンクで心は真っ黒(まさに"理想の男を釣ろう"という)みたいな女を何人も知っているが、男はどうにもそれに気がつかないのだ。
まあ、それも仕方がないのか。とにかく女は難しい。『花衣夢衣』の主人公、真帆と澪の母親がまさにそれ。彼女は控えめでおとなしい、従順な妻だった。しかし戦後、病に倒れて稼ぎもしないくせに文句ばっかり言ってる夫のために、彼女は辻堂というおっさんの愛人になるのだ。
クチビルプルプルで、見るからにいかがわしそうな辻堂のおっさん。母親に気がある辻堂は、初めなにかと理由をつけては、彼女に金を渡す。戦後の苦しい生活の中、母親はその金を断ることができない。何度も金をもらううちに、夫の入院費が必要になり、とうとう自ら辻堂の元へ金を無心に行く。無心に行く、ということは、身体を許すという意味だ。彼女は嫌いな男に触られ、堕ちてしまった自分に思わず嘔吐する。
にもかかわらず、一度その関係を受け入れてしまうと、母親は何かが吹っ切れて迷いがなくなる。辻堂のおかげで娘は男に襲われ、深い傷を負ったにも関わらず、夫が死ぬと母親は辻堂との仲を隠すどころがどんどんと大胆になっていく。いくら娘たちが反発しようと、彼からもらった金で娘たちにものを買ってやり、堂々と辻堂の与えた家に住んで自宅へ戻らない。しかし母親は、特に強く何かを主張することなく、いつでも穏やかで控えめだ。娘たちからの非難に、ただ悲しそうな顔をしてみせる。この漫画随一の、神秘的なキャラである。
彼女に関しては非常に解説が難しいのだけれど、気持ちは何となくわかる。女は自分を女として見てほしい、求めてほしいという欲求がある。女として見られなければ、それはそれで悲しい。けれども、求められれば求められたで、身体だけじゃないのか、自分のことをどれだけ好きなのかという不安がむくむくと起こる。求められても、求められなくても不安で悲しい。つくづく女は複雑だ。
求められても不安だからこそ、女はセックスには代償を求める。自分への愛情、それによる豊かな生活、それがかなわなければ金銭などなど……。「好きだから求めてるのよね?」という証拠を、別の形で欲しがるのだ。そんなこと気にも留めないでいたら、「あたしのこと、身体だけが目当てなの?」とか言われて怒られた男も多かろう。
辻堂は母親を金で買ったようなものだが、彼は母親のことが好きで好きでたまらなかった。愛しているから、自分のものにしたいと力を使ったのだ。求められたら女は嬉しい。しかも、自分への愛情ははっきりしている。愛していない相手なら、なおさら相手に求めるものは少ないし、心が揺れない。なのに代償だけはきっちりもらっているのだ。これ以上の幸福があるだろうか。愛している夫との生活に神経をすり減らしていた母親は、マイナス要素のない辻堂との生活にすっかりはまっていく。
作者の津雲むつみは、女の業を描かせたら天下一品だ。こんな女の心の機微、男の作家には描けないだろうよ。ドラマではその奥深さが欠落しているのが残念だけれど。それでは次回、唯一の癒し系キャラ、萌え系の祐輔さんについて語ろうと思う。
<つづく>