少し本題からずれますが、ただ今出張に引っかけて1人で旅行中でして、奈良で石上神宮に行き、淡路島でなるとの渦と浄瑠璃を見ました。石上神宮は『日出る処の天子』の布都姫がいたところ、なるとと浄瑠璃のセットは『悪魔の花嫁』に出てきます(浄瑠璃の人形が、人形遣いのイケメンに恋する話)。思いがけず少女漫画の舞台を巡る旅になっちゃったが、引き替え、行ってみたくても行けないのが『炎のロマンス』のコーラル島。タヒチのそばにある(らしい)こと以外、場所がよくわからないうえに、観光客の受け入れはしていないらしい。残念。
さて、そのコーラル島にさらわれた亜樹。もとは日本でレドビィと知り合い、相思相愛なのだが、レドビィのいとこであり王位を争うライバルのルイに亜樹がさらわれて、話が本格スタートする。レドビィの好きな女をさらって自分の嫁にしてやろうと意地悪を企てたルイだが、レドビィの「お前が亜樹を好きになるのは時間の問題だ」などという予言の通り、まんまとルイは亜樹にぞっこんに。
『紅一点論』(斎藤美奈子 著)という、漫画論には欠かせない超興味深い論文がある。女が1人で男がいっぱい、という男性向けの話が多いというのだが、女性向け漫画でもそれは同じ。とくに少女漫画になると、登場する男性キャラは、主人公に惚れるために出てくると言っても過言ではない。『炎のロマンス』に出てくるめぼしい男性キャラ、レドビィとルイは、まんまと主人公の亜樹をチヤホヤするお囃子隊となり下がり、話が進んでいく。
しかし通常、自分が気持ちよくなる恋じゃなかったら、長続きはしない。だって自分が一番かわいいから。だから、誰かに好かれればイヤな気持ちにはならないし、じゃあ自分も好きかもとか思っちゃう。引き替え、つれない片思いで、いい思いができなかったら、ほかにしようということになる。だけれども、それでも自分を強く深く求めてほしいというのが少女漫画なのだ。
亜樹のルイに対するつれないそぶりは、目頭が熱くなるほど。チューくらいで大騒ぎするわ(2人は結婚してるんだぞ)、それでほかの男(レドビィ)に泣きつくわ、「あなたのことは好きにはなりません」とか断言するわ、「どうせあなたはメイン張ってるキャラじゃないから」という態度ありありなんである。にもかかわらず、ルイはしつこく亜樹を追い回す。自分だったらどうよ、男性諸君。自分の目の前でほかの男とイチャイチャする(つっても30年前の漫画だからたかがしれてるけど)女を、好きだ好きだと追い回します? ほかにしたほうが早いでしょ? しかし女の萌えは、「そこまでして追いかけられたい」なんである。
「お前に男がいるのは知ってるけど、俺はお前が好きだ」とか何とか言って、ほかの男から女を奪った話を何度か聞いたことがある。奪ったほうの男は、必ずや自分に自信があるタイプ。うまいなあと思う。同じ男としばらくつきあって、だんだんとダレてきた時分にそう言われたら、女はコロリと逝きますよ。だって「ほかの男がいてもいいから、それでも好き」は女の最大萌えだから。ルイがそれを証明しているではないですか。
少女最大の萌え以外にも、この漫画には萌え要素がたくさんある。レドビィと亜樹に異父兄弟疑惑が出てきたり(なんと、偶然レドビィが好きになった少女・亜樹の母親は、偶然むかーしコーラルに女王候補として滞在していたのだった。すごい偶然だ! 少女漫画は小説より奇なり!)、小さい小さい島、コーラル島に神の山がそびえてみたり、昼なのに暗い樹海が出てきたり、迷ったら二度と出られない洞窟が出てきたり、黒髪の人間のみが住む黒髪村が出てきたり、想像力の限りを尽くして、自由奔放に話が進む。
少々笑ってしまうのは、最後まで生き残って悪さを働くじじぃ神官のサモイ。復刊する際に校正くらいすればいいものを、文庫版1巻で「サモア」と誤植されていて、それだけでもかわいそうなのだが、この人、悪者の上に頭が弱いようである。どうやら南太平洋の支配者になりたいらしいのだが、「この国に眠る財宝を手に入れ、まずはポリネシア、さらにはメラネシア……などを征服し!」と意気揚々と語るシーンがある。メラネシア……などを……って、ずいぶん大まかな。メラネシアのほかにもどこか言いたかったようなのだが、思いつかなかったみたい。う~ん、征服すべき地名も思いつかないようなら、支配者になるのはちょっと無理っぽいかな……?