山岸凉子の『黒鳥』というバレエマンガがある。実在の振り付け師をモデルにした話だ。山岸凉子の描く作品は、胸の奥底をえぐられるような、人間としての業というか狂気を実感させられる、重厚な作品ばかりだ。この『黒鳥』も、バレエという題材ではあるけれど、間違いなく重く、苦しい。

ところがこれをバレエ漫画だと思って読むと、激烈にがっくりするらしいのだ。読者レビューにそんな意見があって衝撃だ。要約すると「バレエ漫画だと思っていたのに、暗い話で全然面白くなかった」みたいな。彼女らが求めているのは、フリフリひらひらの衣装をまとって、主役をもらうために男のコーチから厳しい指導と愛を受け取り、辛い話と言えば、同僚からねたまれてトウシューズに画鋲が入ったりするくらいの話を期待していたのだろう。少女マンガと聞くとこのレベルだと思う男も多そうだから、すでに需要と供給っていうか、気が合いそう。

バレエだのフィギュアスケートだのを題材にした漫画が、読者に何を期待されているかを考えると、『キス&ネバークライ』は、かなり期待外れだと言わざるを得ない。なぜなら、主人公のみちるは、少女のころに継父やその関係者から性的被害を受けた少女だからだ。

女は、ドレスを着るのが好きだ。ひらひらフリフリを着て、あはあは笑いながら踊っていられたら、なんだか幸せそうだ。だから少女マンガには、バレエだのフィギュアだのが好んで題材にされる。すでに書いたように、そこで起こりえるイヤなことは、せいぜい画鋲止まり。アキレス腱が切れたりするのは主人公じゃないし。

だけど、実生活でフリフリ色気のある衣装を着た場合、それは男に対して媚びてるだろうと言われるのだ。純粋にミニスカートや露出を楽しみたいの、と言ったところで誰も認めてくれないでしょう。でも、ダンスならどんなにいかがわしい格好をしてもOK。なぜならそれは芸術だから。男に媚びる性的武器の意味合いを取っ払って、衣装ものを堪能できる格好の場。よって本来ならフリフリダンスものの漫画で、性に関する事件は御法度なのだ。ダンスのパートナーが、リフトの最中に下半身おっきくしてた、とか言われたら、アンドロメダくらいまでどん引きだし。

槇村さとるの『N.Y.バード』は、ダンスにはまった男女が、ニューヨークまで行っちゃった話だけど、そこで好きな女と暗闇のホールでいい感じになったダンサーの男が、絶好のチャンスのときに「ダンスがなかったら我慢しないぞ」とか言うシーンがある。演技力向上のために、我慢なさらないでジャンジャンいけばいいでしょうと思うけれど、やはりダンスもので男が無体を働いてはいけないのである。

ちなみに、中高年に社交ダンスが流行っている(今もかどうかは知らないけど)が、中には女に触わりたいおっさんがいる、と聞いて、さぶいぼが立つ。なんていうか、ああいうのって見る側としても、「愛」を「演じてる」ところに美しさを感じるわけであって、ホントにサカってたら、そりゃ単なるAVだよな。というわけで、次回はもう少し突っ込んだ話を。
<つづく>