付き合ってる男女って、どうしてこうバカなことを恥ずかしげもなくこなしてしまうんだろう。昔、付き合っていた男とは「かなタン」「ようタン」と呼びあっていた。フツーに30歳過ぎてたのですが。気持ちわりいな。

で、ふと先日そのことを思い出し、ああバカだった、と思っていたわけだけど……あれ? 「ようタン」でいいんだっけ? 奴の名前は「よういち」だっけ? 「ゆういち」じゃなかったっけ? 「ゆういち」だとしたら「ゆうタン」だよな? で、どっちだっけ? と、何年も付き合った男の名前が、わからなくなってしまっていた。

ボケたと言われてしまえばそれまでだけど、基本的に別れた男のことは忘却の彼方なのだ。しかし、人の存在を忘れることは、いけないことだ、という人がいる。「忘却は罪です」と言う「吉野の君」である。

吉野の君は瑠璃姫の初恋の人で、やたら美しい少年だったらしい。少年少女ながら相思相愛で、「将来は姫を嫁に欲しい」と思い、それだけ心に行動を決めた人である。女はそういうのに弱い。何をしたかというと、吉野の君は、さる高貴な方のご落胤なのだが、瑠璃姫を嫁にもらうため、父親に自分を認めてもらい、姫にふさわしい官位をもらおうとしたのである。

しかし、父親には「そんな子供は知らぬ」と言われ、陰謀の種になることを恐れて剃髪させられてしまうのだ。嫁取りに行ったら坊主にさせられ、一生結婚できない身体にされてしまったのである。このあたり、物語としては結構あっさり書かれてるけど、激しく不幸な話である。で、父親に否定された吉野の君は「忘却は罪だ」と言っている。

そのうえ自分が嫁にと望んだ姫は、現東宮との婚姻の話が持ち上がった(東宮は、瑠璃の婚約者・高彬のライバル的存在として登場している)。将来を約束した姫は、自分のことをすっかり忘れて権力に溺れているのかと、吉野の君は失望するのである。瑠璃が「吉野の君」「吉野の君」と騒いで結婚話を棒に振っていたことは、ぱったり耳に入っていなかったらしい。ちなみに瑠璃は、吉野の君は死んだと思いこんでいたのだが。

その後、登場する美坊主が吉野の君だということがわかり、彼の回想が始まる。瑠璃との楽しい思い出を語り、「その姫は、世の中の道理も何も知らないからこそ、無邪気で愛らしかった」と言う。それが今や東宮妃を狙う姫になっている(と思いこんでいる)のだから、失望の度合いも高いわけだ。

こうして、何もかもがいやになっちゃった吉野の君は、とある陰謀を企てる。そしてそれを盗み見してしまったとある姫を捕まえて、たぶらかすのである。「この話を人に言ったりしたら、私とあなたはもう会えなくなってしまうのですよ、そしてこんなこともできなくなります」……と言って、無理チューをするのである。

落ち着いて考えたらこれ、罪に罪を重ねるっていうか、姫に「なにすんだテメー、誰かー!」とか騒がれたら、陰謀がばれるうえに接吻窃盗の現行犯になる可能性もあったわけだ。少女漫画の男たちは「自分に惚れてる」女を見抜く力が尋常ではないな。

そうして、なんやかんやあったあと、吉野の君と瑠璃は、「吉野で再会しよう」と言って、燃えさかる屋敷で別れる。罪人として捕まっている吉野の君を逃すため、瑠璃はおとりになって馬を駆る。その後、瑠璃がいくら吉野で待っても吉野の君は現れなかった。現場にいた人間から情報を収集するけれど、吉野の君が生きてるのか、死んじゃったのか、さっぱりわからないのだ。

このくだりを小説で読んだときは、もうヤキモキしちゃってモゾモゾが止まらなかった。結局、この作品の原作は絶筆となってしまい、吉野の君の消息は永遠にわからない。で、ホントはどうなの? 生きてるの? 死んじゃったの? 久しぶりに読み返したら、20年前のヤキモキが復活しちゃったよ。

もしもご興味がおありでしたら、ぜひ読んでみてくださいませ。男性の方には、漫画は表現が少し少女漫画らしいクセがあるので、それがダメそうなら小説のほうを。がんばって少女漫画を読むか、少女小説をがんばってレジに持って行くか。そこまでして読みたいかどうかって話だけど。
<『なんて素敵にジャパネスク』編 FIN>