昔、NHKの人形劇で『八犬伝』をやっていた。さすがに幼くてよく覚えていないけれど、青い着物の武士が好きで、ビー玉を天にかざしては、なんか唱えていた気がする。で、数年前に今度は実写ドラマが放送されたのだけれど、その際に『南総里見八犬伝』のあらすじを読んでみて、身震いした。
伏姫という話の発端となる姫は、なんと八房という犬と結婚したのだそうだ。うらやましい。いや別に、犬とどうこうしたいわけじゃないけど、そもそも八房という犬、飼い主の命令に従って敵の首を取ってきたりする忠犬らしいじゃないか。伏姫め、こんなすばらしい犬の、なにが不満なのだ(あらすじしか読んでないんで適当に書いてますが……)。
というくらい、犬が好きだ。忠誠、純粋、聡明、という言葉を団子にしてできた動物が犬って感じ。そしてそういう羨ましい犬が出てくる漫画が、『猫mix幻奇譚』だ。作者の田村由美は、男の子からのお薦め漫画で『BASARA』をよく耳にするので、それが一番有名っぽい。ストーリー展開的に男性受けが非常によい作家である。私は『7SEEDS』のほうが好きだけれど、冒険・サバイバルものがやたら得意そうな作家である。
『猫mix幻奇譚』は、おばけねずみたちと人間が戦いを繰り広げているファンタジーな世界の話だ。主人公のパイ・ヤンは、王様の信任厚い名戦士。毎日毎日戦いに明け暮れ、数年ぶりに王から休暇をもらって、愛する嫁と息子のいる家に帰った。
しかしである。家の中はすっからかん。嫁は行方不明、息子は「魔法のねずみ」に連れ去られてしまったという。家に残っていた猫mix(魔法のねずみは、動物と人間のあいのこを作れるらしい。要は服を着て2本足歩行して言葉を喋る動物である)のとらじと一緒に、息子を捜す旅に出るのであった。で、旅先で息子と嫁を探しながら、とらじとなんやかんややる話である。
うらやましい犬というのは、魔法のねずみに連れ去られた飼い犬の少女を捜し続けている伯爵(犬なのに)とか、プロフェッサー・プーチェンという、ちょっと頭のキレた博士の連れているペロ。2本足で立ち、理性的で、ほっそりした肢体をしていて、えらくカッコイイのだ。いや、犬だけどさ。伯爵なんか、飼い主の少女の足跡を探しながら「わたしは、たとえ骨になっていても、それが彼女だとわかります」とか言う。夫にしたいくらいのかっこよさだ。
引き替え、パイ・ヤン。パイ・ヤンと言えば国では知らぬ人はいないくらいの英雄だ。パイ・ヤンは、嫁のことをとても愛していて、戦場でいつも嫁や息子のことを思い出し、せっせと手紙を書いた。嫁や息子から返事ももらって、安心しきって家に帰ってみると、嫁も息子も、パイ・ヤンに捨てられたと思っていたということがわかる。つまり手紙は届けられておらず、返信も偽物だった。パイ・ヤンは手紙屋に騙されていたのだ。
さて、これは仕方がないことなのでしょうか? 騙した手紙屋がいけないのでしょうか? しばらくして再会した嫁のジョゼは言う。「ニセの文字に気がつかなかったの?」「そのほうが都合がよかったからでしょう」「あなたはわたしたちに興味がなかったのよ」「リオ(息子)がさらわれたから興味が湧いただけだわ」
いや~、まるで、仕事仕事と、家庭を顧みないサラリーマンそのものじゃないですか。仕事仕事で家に滅多に帰らず、家のことは嫁に任せっきりで、周りには「嫁は美人で息子は愛らしくて」なんて言ってるけど、半分以上は頭の中で作り上げた妄想。子どもが不良になったり、嫁から離婚を言い渡されたりして初めて、「こんなことになってたのか」とか困ってみたり。
読者の男性、女性は、どう思うのでしょう? やっぱり騙されたパイ・ヤンがかわいそう? それともジョゼの言うとおり?
<つづく>