まだまだ寒いけど、春になったので服を買ってみた。暖かくなると、防寒を考えなくてもいいので、お洒落心が湧いてくるのだ。最寄り駅に買い物に行ったので、よれたTシャツに色あせたジーンズ、適当なジャケットを引っかけて行ったら、「カジュアルをお好みですか?」「いつもパンツをお召しですか?」などと、全身じろじろ見られて提案された。うん、この格好はなんの参考にしなくてもいいからね、と思いつつ、間違いなく同じ駅に片思いの男でも住んでいたら、しない格好なのであった。安いサンダルを履いているところなんか見られてたまるか。

ちなみに近所の行きつけである立ち食いそば屋さんのおばちゃんは、お出かけ前後に寄るときと、家から食べに行くときと、私にする話の内容がどうにも違うので、化粧してるときとすっぴんのときと、別人だと思っているようである。

さて『君に届け』。すごい人気である。タイトルから想像するに、なにが君に届いてほしいかというと、弁当、ということはないだろうから、やはり「自分の思い」だろうってことで、片思いの話なのかな、ということは想像できる。片思いかあ……。少女漫画の「片思い」って、単に「主人公が男の気持ちに気づいてない」だけの話で、大抵は両思いの話だからなあ。

あらすじは、黒沼爽子という見た目暗くて不気味な女が、クラスに馴染んで楽しくやっていけるようになる話である。中学校、高校のころって、クラスの「派手なグループ」に憧れたりするものだ。ちょっと不良っぽくて、目立ってて、美人が多くて、勉強ができたり運動ができたりして、お洒落。そんな人たちの仲間に、私も入りたい! と思う。爽子は、半ばクラスのいじめられっ子だった状況から、そんなグループの仲間入りをするのだ。まあ、ファンタジーですね。

爽子は見た目が恐ろしいので、「貞子」とか呼ばれていて、気味悪がられているのだが、見た目が貞子なだけで、中身は素直でかわいらしい女子高生である。だったら、はじめから誤解を招くようなスタイルをやめればよかったのでは? と思うのだが……どうなんだろう。髪は女の命なのかな。まあ大抵は、心のセンスって服装に出るものですが。

で、「君に届」いてほしいのは、爽子の風早への思い、なのかな。そうそう、これまたファンタジーである。風早くんは、クラスの人気者。明るくて優しくて、学校のアイドルである。そんなカッコイイ男子と仲良くなれる、付き合える、というのは、もう芸能人と付き合うくらい夢のある話に違いない。普段、学校では「気持ち悪い」とか言われて、少女漫画ばっかり読んでる内気な女子にでも、憧れの女子グループや憧れの男子と仲良くできるチャンスが降って湧いてくるかもしれない、と思ったら、それは楽しいと思う。

こうして、クラスの派手女子、ちづとやのちん、そして風早と心を通わせていくのだが、そのほかにこの漫画の特徴がもうひとつある。エロシーンが一切ないのだ。チューすらない。もともとマーガレット系の漫画は、エッチなシーンが控えめなんだけど、『君に届け』には、驚くほどシモなムードがないのだ。エロシーンを描け、もっと行けと、シモに突っ走っていた少女漫画界をぐっと引き戻した感じ。だけど、これも大ヒットの要因であることは間違いないだろう。

中学教師をしている友人曰く、「安心して読める」だそうだ。学校にも置けるし、生徒が読んでいても気にならない。生徒にしても、大人から許されているなら、「この漫画面白い」と、声を大にして言えるはずだ。こそこそしなくてよくて、おおっぴらに話題にできる。こうして、友達から友達へ、大々的に広められたのだろう。

もちろん、中身に魅力がなければ、おおっぴらにできようが広まらないから、上記の様な設定や、キャラの絵のかわいらしさが女子たちの胸を突いたに違いない。この漫画が、エロを一切排除して、平凡な設定であるにもかかわらず面白いのは、絵の旨さがかなり功を奏していると思う。よく考えてみると、激しくエロシーンを描く漫画家って、筆力がイマイチな場合が多い、かも。

なんにしても、女が求めているのは、激しいエロシーンじゃないんだってことが(少なくともそれだけじゃない)ってことが、よくわかるヒットっぷりである。
<つづく>