世の中、不倫や二股でいっぱいだ。少し街の声に耳を澄ませてみれば、そんな話がわんわん聞こえてくる。自分の男が誰かに心を奪われたなら、その女が憎くて、男を責めて、女は大変な騒ぎをするだろう。
だけど、誰かほかの女の男が自分に勝手に熱を上げたとすると……「そりゃ勝手にやってください。あたしの魅力に負けたほうが悪いのよ、フフン」である。世の中、いさかいがなくならないわけだ。
主人公の女から別の女に心変わりする男は少女漫画的には悪役だけれど、脇役の女から主人公の女に心変わりする男は少女漫画では正義である。そんなお話が『悪魔(デイモス)の花嫁』なのだ。
神話の世界の頃のお話。デイモスとヴィーナスは、お互いメチャクチャナルシストな上に面食いで、兄妹のくせに愛し合っておりました。それに怒ったゼウスが、二人にビシャーンと罰を与えたのです。かくしてイケメンデイモスは、恐ろしい悪魔の姿に。美の女神ヴィーナスは、池の底に逆さに吊されて片眼に穴があくほどの腐乱状態に。ヴィーナスのほうがどう考えても罰が重いような気がしますが、それはおいといて。
自分と愛し合ったせいで、美しい妹がこんな醜い姿になってしまったと責任を感じたデイモスは、ヴィーナスと同じ顔をした美少女を探してきて、その身体にヴィーナスを乗っ取らせることにします。そうすればヴィーナスは元通りになる。
そうして探し当てたのが、美奈子という優等生。奇しくも名前も同じ、ヴィーナス……美(ヴィ)奈(ナ)子(ス)……ってデイモスよ……。ある日からデイモスは、美奈子のストーカーに成り下がり、美奈子の周りには、不吉な事件が次々と起こるようになるのでした。
この漫画は、とにかく陰湿なムードが漂っていて非常におもしろい。短編集の集まりで、やたらお金に困った人や顔にケガをしてしまった女性などが登場する。ロシア貴族の兄妹が出てきたり、ハリウッドの元大女優が出てきたり、雪山で馬車に乗る貴族がいたり、ここはいったいどこなんだという、割といい加減な地域設定もまたよい。
その強烈なストーリーは、幼い頃にこれを読んだ少女の脳裏に深く突き刺さり、ザクロといえば人肉の味、アリの卵は足の親指に埋めるもの、百合の香りといえば血の匂い、そして新しいコンクリートにさわるとアザができるものと条件反射のようにすり込まれているはずだ。
娘が恐ろしい悪魔にストーキングされているっていうのに、美奈子の両親は何をやってるんだとか、若いくせに美奈子はなんだか趣味が地味だとか、実際にこんなつまんない女がいたら多分、私は嫌いだろうなとか、いろいろとツッコミどころは多い。しかし、ヲトメのツボは非常によく心得ている話である。詳細は次回に。
<つづく>