基本的に、「知識を得る」ということは、「人生を豊かにする」ということだ。よくわかる事例としては、京都の修学旅行とか。学生のころには「寺ばっかりでクソ面白くもない」と思っていたものだが、新撰組にはまり、永井路子をむさぼり読んだ後には、どの寺も「あぁっ、ここがあの!」とか思うとキラキラしちゃって……。当時はタダの建物、仏像だったものが、いつの間にかそこにドラマを感じるようになっているのだ。それは紛れもなく知識がもたらしたもの。ありがたや。

一方で知識がもたらす弊害、というのも、まあないではない。微々たるもんだけど。それは、「夢を見られなくなる」ということだ。知識がないころには気にならなかったものが、突っ込みたくてしょうがない、もしくはくだらなくって面白くないということになる、こともある。

というわけで『マリオネット』。主人公なのをいいことにダニエルくんは、悪者をトンビに喰わせたり、沼に沈めたりと、やりたい放題である。そんな実は悪者のダニエルくんに付き添う、黒人の召使いナギ。心優しいナギは、ご主人様が道を誤らないよう、いつでも陰で支えてくれている。そして極寒の地・イギリスで、みんながジャケット着てるような季節でも、ひとりアラジンみたいなノースリーブのチョッキを着ている。そもそもどこの国のものなのかわからない衣装を、差別激しい時代に着せ続ける気の利かないご主人様に、ナギは健気に仕えているのである。せつないなあ。

そして、「ああ、少女漫画だなあ!」というシーン。ギムナジウムであれやこれや事件があった後、ダニエルくんは腹黒いライバルの侯爵家に乗り込み、ズバリとこう言う。「今後、あなたの家の取引先すべてに、手を引かせましょう!」それを聞いたダニエルくんの弁護士は、「すばらしい度胸だ」「堂々とタイマン張ってえらい」などと感嘆するのである。恐らく読者のヲトメたちも、「ダニエルくんステキ」と思っていたであろう。

しかしなあ、言うは易しで、じゃあどうやって手を引かせるかが問題じゃないのか。ビジネスは利益がすべて。侯爵家と取引をしている相手は、当然利益があるから侯爵家と取引をしていたのだ。それをやめさせるだけのメリットを、ダニエルくんは果たして提供できるのか? それが実践できてはじめて「スゲエ」だろ。言うだけだったらプー太郎の「俺は将来ビッグになるぜ」とかにかなり近い。少女漫画では、心理の揺れ動きとかに重きが置かれるため、「仕事」の描かれ方というのは、通常、まあこの程度なのである。

そして、子どものころにはなんとも思わなかったのが、次のくだりだ。コレットという美人さんに惚れたダニエルくん。しかし彼女は、黒魔術の悪ーいおっさんにつけ回されており、その手下のメイドに行動を見張られている。そこにやってきたダニエルくん。なんやかんややったあと、2人個室で、めちゃめちゃ盛り上がってチュー。コレットを見張っているメイドは、家政婦の特権として当然のぞき見しているわけだが、「ふふふ、今のうちによろしくやっておくがいいさ」とか言って、その場を離れちゃうのだ。

両思いの男女が個室でチューまで行ったら、当然ノンストップのはずだ。もちろん2人もノンストップで最後まで。しかし黒魔術的には、コレットは、悪ーいおっさんとの儀式のために、純血でなければならなかったらしい。おいメイドよ! なんでチューまで見張っといてスルーなのだ。自分は悪ーいおっさんとイチャイチャ悪巧みしてるくせに、他人は悪さをしないとでも思ったのか。その後、コレットがダニエルくんの子どもを身ごもっていることが悪ーいおっさんにバレ、「なにを見張ってたんじゃ」と、メイドはボコボコにされるわけだが、そりゃまあ当然である。あそこまで見てたら、普通止めに入るだろ。かなり気まずいとは思うけど。

……とまあ、幼いころには感激の物語だったものが、今となっては突っ込みどころ満載になっているのは、私がいろいろ大人になった証拠というか。
<『マリオネット』編 FIN>