昔はよかった……。ボギー、あんたの時代もよかった……。なにがよかったって、昔は娯楽は娯楽と割り切っていて、細かい考証なんかたいしていらなかったことだ。昔のミステリーなんかを読むと、死体はカツラかぶっただけで身元不明だし、蛇がニョロニョロ殺人を犯したりする。思いついたほうが勝ち! みたいな時代であった。

今回取り上げる『マリオネット』は、愛田真夕美の代表作。この作品も間違いなく、思いついて勝っちゃった類だ。19世紀のイギリス、呪われた運命の美少年の伯爵ダニエルくんと、彼に降りかかるトラブルや本番シーンが耽美に、ムーディに描かれる。このドラマ~なムードにやられちゃったヲトメは多かったのではないか。

話の骨子はこうだ。莫大な遺産を受け継ぐ予定の伯爵さま・ダニエルくんは、次々に遺産目当てや黒魔術信仰の悪―い悪―い人たちに絡まれる。悪い人たちは大抵サカっており、悪い顔した者同士むつみ合ったり、ダニエルくんにお誘いをしてくる。ダニエルくんは若い男子らしく、その中から危なくなさそうな女を選んではつまみ食いするんである。

現代のサービス満点漫画に比べたら、圧倒的にエロシーンは少ないのだが、当時はいやらしくてとても学校に持っていけない感じの漫画であった。ではなにが、どんな風にいやらしいのか? そのひとつが、相手との関係だ。まず圧倒的に近親相姦が多い。ダニエルくんは実の姉や継母と、モンサンミッシェルみたいな島に住んでる少女は兄と、黒魔術大好き神父は実の娘と。「しちゃいかん」というタブーな相手とする、というのが、いかがわしさを数段アップさせている。これは現代のエロ漫画にも多いシチュエーションからもわかることだ。

それからここがこの作品の美味いところであるが、ダニエルくんには以下のような法則があるのだ。その1、年下とはやらない。その2、やるなら年上熟女が大好き。その3、年下とやるとき、それは本気のとき。

この作品の連載当時、80年代はまだまだ年上女性との恋愛など、現在に比べればレアな時代だった。年上女性との恋愛がない、というのは暗に「歳とった女は女じゃない」という風潮でもあったということだ。しかし、この作品に登場する年上の女性たちは、ダニエルくんのセックスの対象になることで、女であることが大いに認められているのだ。セックスが「愛故の死ぬほどたいそうな儀式」みたいな扱いの70年代少女漫画に比べたら、大進歩だ。女性性を謳歌する90年代への序章という感じ。

一方でダニエルくん、天使のようなアンティエーヌとはプラトニックだし、コレットのことはさんざん追いかけ回した末の一夜ということで、「本気の相手とは、ちゃらちゃらやらないのよ」という姿勢である。さっさとやられちゃったほうの女からすると、たまったもんじゃないが、なぜかこれだけ女性遍歴があるにもかかわらず、ダニエルくんは少女漫画の主人公として、一途でまじめな男子というイメージなのがすごい。そこが作者の力量か。女一人を一生愛し続けなければならない少女漫画界において、行く先々で女を食い荒らす、結構レアな男性キャラである。

そして作品は美味しい展開になる。ダニエルくんは作品途中で、なんと寮生活を始めることになり、男子ばっかりのギムナジウムでのボーイズな話が始まるのだ。耽美には欠かせないギムナジウム……。そしてなんと、そこの校長はとても悪い人だということが判明する。この漫画で「悪い人」ということは、「サカっている」ということである。この漫画の悪人たちは、どうやらセックスしながら悪巧みをするのが決まりらしく、生徒が授業を受けてる最中、校長は生徒の母親と別室で悪巧みしながらむつみ合っている。それを覗き見した男子生徒は一言「……驚いたな」。いやいや、思春期の男子が他人のセックスを覗き見して言うのは、「うわーすげえ!」とかが正解じゃないのか。さすがはギムナジウム。

というわけで次回は、耽美なストーリーにちょっぴりメスを。
<つづく>