本来、少女漫画は読者である少女に夢を与えるのが仕事であった。しかし『砂の城』は、次々と「世の中、悪い人がいなくたって、気持ちの行き違いやタイミングで不幸になる時はなるんだよ」とか「若い男なんて視野が狭くて、まったくなっちゃないんだよ」という冷酷な現実を切々と訴えてくる。人生行き詰まったときに読むと、感慨深くて爆泣きするので要注意である。
美しく聡明で、自分の後見人でもあるナタリーを一途に想い続ける金髪フランシス。一方、自分の愛したフランシスに瓜二つに育っていく、素直で美しい金髪フランシスに惹かれていくナタリー。このふたりを邪魔するのは、今度は記憶喪失ではなく、16才という年の差と、金髪フランシスをつけ狙うワガママ美少女ミルフィである。
ところで、一般的にお金を稼ぐというのは、楽ではない。毎日満員電車に揺られたり、意味もなく意地悪な人間に立ち向かったり、馬鹿をなんとか使えるように仕込みをしたり、優位に業務を進めるために采配したりと、神経の休まる暇がない。そこに、自分を一途に思い、なんとか力になりたいとあれこれ手を尽くすカワユイ男がいたら、どれだけ幸せか……。作者の一条ゆかりは、連載当時の少女にではなく、20年後の疲れた働く女たちのために、タップリと夢を注いでくれたようである。
金髪フランシスのナタリーへの想いは、もう、もだえちゃうほどカワユイ。幼い少年の頃にはナタリーに好かれるため母親への思慕を捨て、「早くナタリーを守れる大人になりたい」ともがき、とにかく脳みその中はナタリーで満載なのである。こんなカワユイ疑似息子、何人いたって構わんぞ。
ところで一般的に男が"年上の女性がいいな"と思う理由に「甘えさせてくれそうだから」というのはないデスカ?
おい、あるだろう?
ところが年下の男がいいと思う女の願望は、「甘えてほしい」ではなくて「癒やしてほしい」なんである。金髪フランシスのように、自分を一途に慕ってくれて「ナタリーのためならなんでもするよ」と言って、新聞紙をとってきてくれたり、ごはんを作ってくれる、美しい癒し。「甘えさせてくれ」だとう? 何が嬉しくて赤の他人の面倒を見なくちゃならん。働く女は忙しいのだ。
しかし、そんな一途でカワユイ金髪フランシス、やっぱり若造なのでツメが甘い。女の願望世界では、一途ならば、想う女以外にはいい顔をしてはいけない決まりなのだが、八方美人の事なかれ主義(世の男に多いですな!)の若造フランシスは、自分に横恋慕するミルフィに、ガッチリいい顔をすることも忘れなかった。
こうしてまたもナタリーに不幸が訪れ、物語は終結。あーあ、世の中、理想の男なんていないのねえ、というのが結論ですかね……。
<『砂の城』編 FIN>