国内だけでなく、世界各国で多くの人に愛されている「日本のアニメ」。そんなアニメを作り出す人々は一体どのような環境で働き、魅力的な作品を生み出しているのだろうか。
本連載では大ヒットアニメ『おそ松さん』の制作チームにインタビュー取材を実施。「仕事のウラガワ」についてお話を聞いてきた。大ヒット作の裏側で働く人々の話から、明日の仕事につながる仕事術が見つかるだろうか。3回目となる今回は、キャラクターのコラボグッズやタイアップ企画のキャラクターデザインや色校正を監修し、版権担当者として働く井関久美子さんにお話を聞いてきた。
■版権制作担当の仕事とは
みなさん"版権"という言葉を聞いたことがあるだろうか。こちらは著作権の旧称とされており、著作物を複製・販売できる権利のことをいう。アニメ作品との「コラボ商品」や「キャンペーン企画」作るために必要な権利ともいえる。では、実際にアニメーション制作会社の版権制作とは、いったいどのような仕事をしているのだろうか。
「私の主な仕事は、グッズ作成やキャンペーン企画の実施が決まった後の監修と、使用されるキャラクターイラスト作成の発注作業です。商品化窓口企画によってスケジュールは全く異なるのですが、商品リリースの2カ月前頃から作業に取り掛かることが多いですね。どんなにタイトなスケジュールでも、1カ月前くらいになります。仕事の繁忙期はアニメの放送直前から放送終了する頃まで。だいたい3カ月程度は特に忙しくて、悲鳴を上げています(笑)」
前回取材した商品化窓口の担当者が持ち込むイベント企画やグッズ企画が動き始めた後、それを形にするまでのスケジュール管理や監修、発注業務をしているのだという。
「商品企画には、イラストを制作する場合が多いのですが、時にはぬいぐるみや着ぐるみの制作なども行われます。企画によって関わる人も変わってくるので、かなり多くの人と関わる仕事だと感じています」
■コミュニケーション能力と作品理解
そんな版権担当者の仕事でキーとなる業務、それに必要な能力とはどんなものか聞いてみた。
「仕事の肝となる業務は"イラスト制作のスケジュール管理"と、原作元とグッズデザインや、サンプルなどをチェックする"監修会"ですかね!
イラスト制作のスケジュール管理は、多くの人が関わってくるため最もイレギュラーが起こりやすい仕事になります。ぴえろでは、本編の作画担当者とは別に、社外にグッズや企画のためにイラストを描いてくれる担当の方がいます。なので、基本的に制作業務は外注しています。数名いらっしゃる作画担当者の方の個性に合わせた企画発注や、的確なスケジュール管理が大切になってくるんです」
アニメ業界では、本編の作画担当者がグッズなどのイラスト作成も担っていることが多く、グッズや企画のための作画チームがあるということは非常に珍しいケースだそう。社内に収まらないコミュニケーションが多いほど、進行管理は難しそうだ。
「専門チームがいるということは、よりグッズの制作に特化した方がいるということなのでとてもありがたいです。そのため私たち版権担当者は、より円滑に案件を進行させるために、外注先の方々との関係を構築することや、依頼時のコミュニケーション能力などが求められます。
そして"監修会"は、グッズや企画に使われるイラストなどの最終確認業務です。キャラクターの設定とは異なる要素がないか、イラストにミスがないかなどを版権チーム全員で確認するのですが、これがとても大事な仕事です。キャラクターの見た目だけでなく個性やキャラクター同士の関係性までを把握する作品理解、そして俯瞰した視点をもつことが必要です」
コミュニケーション能力や作品理解だけでなく、全体のスケジュール管理までが業務になるという。さまざまな能力が求められる仕事だ。
そして井関さんが担当している企画の数は、常に30~40件以上になるという。そんな多くの企画を進行する井関さんのタスク管理能力に圧倒された。
「私も正直タスク管理は苦手です(笑)。だからこそ『今できることは絶対にすぐ手に付けること』それが1番重要だと考えて日々仕事に打ち込んでいます。簡単な仕事や今すぐできる仕事は、意外と後回しにしてしまいがちだと思います。ですが、そういったものに首を絞められることもあるので、なるべくすぐに手を動かすことが大切だと考えて業務に努めていますね! 」
■アパレル業界でのデザイナー経験が仕事の糧に
これまでの仕事経験について話を聞いてみたところ、井関さんはなんと過去にアパレル業界でデザイナーをしていたそうだ。
「元々はアパレル業界で働いていて、当時はデザイン関係の仕事をしていたんですよ。現職でいうと作画担当者の方と近い仕事になりますね。
そして商品を作る経験があったからこそ、仕事を円滑に進められると感じることがあります。ものを作るまでの工程を理解しているので、"少しきついかもしれないけど、このスケジュールならいけるはず! "といったような、少し無理なお願いもできちゃったり……(笑)」
過去に働いていた環境での経験は、考え方次第では全く違う業種でも輝くのだと感じられた。まさかアニメーション制作会社に元アパレル業界の方がいるとは思わず驚いてしまった。
「実はアパレル業界のデザイナーとして働くなかでも『いつかアニメのグッズを作ってみたい』と考えていたんです。人生は一度きりしかない、存分に楽しみたいと思った結果、今の仕事までたどり着きました」
■4話を振り返って
井関さんが版権担当として携わるアニメシリーズ『おそ松さん』。本作は赤塚不二夫が生んだ『おそ松くん』を原作とした作品。原作でおなじみのキャラクターたちが大人になった世界を描く、ギャグアニメとなっている。現在アニメの第1期、第2期、劇場版に続く、第3期が放送中だ。
▼ 一松ラジオ
「普段あまり話さない一松がたくさん声を発する、貴重な1作です! さらにツッコミを入れ続けるトド松も絶妙ですね(笑)。一松のボケ倒し、すべて説明しているトド松が面白かったです! 」
▼トト子とニャーちゃんがまさかの展開に
「とにかくまさかの展開に驚きました……! トト子とニャーちゃんのこれまでにない絡みは新鮮ですが、オチはしっかりと『おそ松さん』らしくて。視聴者さんはみんな驚いちゃうよね? と思いながら見ていました」
▼松代の罠
「松代と6つ子たちが関わる普通の"家族回"かと思いきや、とんでもない罠が仕掛けられているお話でした。とにかく『おそ松さん』のオチは全く想像できないので、なにも考えないで見ていただきたいなと思います! 」
あわせてこれまでTVアニメ『おそ松さん』の版権担当の裏側について聞いてみた。
「『おそ松さん』はギャグ漫画を題材にしたアニメ作品なので、我々も"ふざけた楽しいもの"を考えていかなければなりません。例えば"この十四松のおしりはもっと露出させるべきか? いや、もっと隠すべきなのか? "というようなことも真剣に大人たちで考察します(笑)」
■ 自分自身の意見をもつこと
多くの案件を進行し、たくさんの人と関わる井関さんだが、働くなかで最も大切にしていることはコミュニケーションなのだという。
「多くの人達と関わる仕事だからこそ、"コミュニケーション"は特に大切だと感じています。働くうえで自分の意見がなければ、円滑に仕事を進められません。しかし反対に、意見だけが強く、周りの声に耳を傾けられないことも問題です。そこで『自分の意思をもって、人と会話をできること』がとても大事なことになると考えています」
周りを尊重しつつも、自分自身の考えをもって働くことが重要だということだ。そんな井関さんが仕事でやりがいを感じられる瞬間とは、どんな時なのだろうか。
「アニメのエンドロールに自分の名前が載るときは嬉しいですね。テレビで自分の名前が配信されるという経験は、アニメーション作品に関わらなければできなかっただろうと感じます。そして私の楽しみは打ち上げですね! 本来はアニメの配信が終了後に行われるのですが、少しでも早く、世の中が飲み会を楽しめる環境になってくれると嬉しいなと思っています! 」
アニメグッズにキャラクターの魅力が詰まっている裏側には、版権担当者ががむしゃらに仕事をこなしてくれていることがわかった。そして簡単な仕事を明日に回している自分に活をいれることを忘れてはいけない。
次回はアニメ作品の配信担当者の仕事についてお話をうかがっていく。
(C)赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会