東京都は4月7日、はちみつを混ぜたジュースを離乳食として摂取した生後5カ月の乳児が「乳児ボツリヌス症」になり、国内で初めて亡くなったと発表しました。それを受け、厚生労働省や東京都福祉保健局は、「1歳未満の乳児にはちみつを与えないでください」と改めて注意を呼びかけています(※1)。
私はこれまで、内閣府食品安全委員会の食品安全モニターとして、食品の安全に関する情報を発信してきました。今回は、「乳児ボツリヌス症やボツリヌス食中毒」についてご紹介します。
乳児ボツリヌス症とは?
乳児ボツリヌス症とは、1歳未満の乳児の「口」から入ったボツリヌス菌の芽胞(がほう)が体の中で増え、産生された毒素によって中枢神経がダメージを受ける病気です。この病気の致死率は1~3%と低く、症例も、アメリカでは毎年70~100例報告されますが、国内では1986年から2015年までの29年間で32例にとどまっていました(※2)。
原因となるボツリヌス菌は、土、川、湖、海など自然界に広く存在しています。そして芽胞とは、ボツリヌス菌など特定の菌が、増殖に適さない環境下において形成する防御壁のことを言います。
芽胞で守られたボツリヌス菌は、熱や乾燥などの環境ストレスに強く、芽胞の中で生き続けます。どれくらい熱に強いかというと、100度で数時間加熱しても、びくともしないほど。芽胞を死滅させるためには、120度で4分以上(またはこれと同等)の加熱殺菌が必要です。はちみつは、このボツリヌス菌の芽胞に汚染されている可能性があるので、1歳未満の乳児に与えると、乳児ボツリヌス症を発症する恐れがあるというわけです。
ただご存知のとおり、1歳以上の乳幼児や大人は、はちみつを食べても大丈夫です。では、なぜ1歳未満の乳児が食べると、乳児ボツリヌス症になってしまうのでしょうか。
1歳未満の乳児が発症する理由
「口」の中に細菌がたくさんいるように、腸の中にも「腸内細菌叢(腸内フローラ)」があります。腸の中にはおよそ100種類以上の細菌が住んでいるため、外から入った細菌は簡単に仲間に入れません。
しかし1歳未満の乳児は、腸内フローラが不安定です。そのため、1歳未満の乳児がボツリヌス菌の芽胞を食べた場合、ボツリヌス菌が腸の中にくっつき、増えて毒素を出してしまいます(※3)。つまり、1歳未満の乳児の腸内環境は、ボツリヌス菌の芽胞が増殖するのに適しているため、お腹の中でどんどん毒素を作ってしまう、ということですね。
乳児ボツリヌス症の主な原因食品として、アメリカではちみつは5%程度にすぎず、国内でも多くの場合で原因は特定できていません(※4)。そのため、予防法としては、離乳食に用いられる食品が芽胞で汚染されている可能性のあるはちみつやコーンシロップ、自家製の野菜ジュースやスープ、井戸水やわき水を避けることとされています。1歳未満の乳児には、こういった食品を与えないように注意しましょう(※5)。
感染した場合、3~30日程度の潜伏期間を経て、まず便秘になります。次に中枢神経が影響を受けるので、無表情や脱力、ほ乳力の低下、泣き声が小さくなるといった症状が現れるようです(※6)。
特に、離乳食を食べ始めてまもないお子さんは要注意です。乳児ボツリヌス症を発症した乳児の約9割は6カ月未満と言われています(※7)。もし症状が出た場合は、まぎらわしい症状の病気もあるので、小児科専門医に相談して適切な医療機関を受診してくださいね。
1歳以上はボツリヌス食中毒に注意
1歳以上の乳幼児ははちみつを食べても大丈夫ですが、ボツリヌス毒素に汚染された食品を食べると、ボツリヌス食中毒になる可能性はあります。
ボツリヌス食中毒は、ボツリヌス毒素を摂取したときに生じます。以前は死亡率30%以上と怖い食中毒でしたが、毒素の治療法が始まってから致死率は4%まで下がりました(※5)。
ボツリヌス菌は、酸素のない嫌気的な条件でも長期間生きることができるので、毒素が原因のボツリヌス食中毒は、いろいろな食品で起こる可能性があります。例えば、国内では、自家製のいずし(飯寿司 / 魚を塩と米飯で乳酸発酵させたもの)、サトイモの缶詰、真空パックされた辛子レンコン、缶詰などが報告されています。
ボツリヌス菌の毒素は熱に弱く、100度で数分以上加熱すれば失活します。神経毒とはいえども、ボツリヌス食中毒に神経質になりすぎる必要はないでしょう。また、常温で保存できる缶詰やレトルトパウチ食品は、120度で4分間以上加熱されているので、基本的に安全です。ボツリヌス菌の芽胞はもちろん、O-157などの食中毒菌も死滅しています。ただし、見た目がレトルト食品に似ている食品は注意が必要です。特に異常に膨らんだパックに入った食品や異臭がする食品は、食べるのを避けたほうがいいでしょう。
「口」から入る病気は、日常の心がけやちょっとした知識で防ぐことができます。ただ、大人の場合は食品に気をつけることができますが、乳児はそうはいきません。保護者の方は、厚生労働省などの注意喚起や母子手帳の記載に従って、「1歳未満の乳児にはちみつを与えない」というルールを守るようにしましょう。
※画像は本文と関係ありません
注釈
※1 厚生労働省「蜂蜜を原因とする乳児ボツリヌス症による死亡事案について」
東京都福祉保健局「食中毒の発生について~1歳未満の乳児に蜂蜜を与えないでください~」
※2 国立感染症研究所「E型ボツリヌス毒素産生Clostridium butyricumによる乳児ボツリヌス症の1例」(IASR Vol. 37 p. 55-56: 2016年3月号)
※3 「Botulism」World Health Organization
※6 Topical Review「Infant Botulism: Review and Clinical Update」(Laura K. Rosow at al,Pediatric Neurology 52,487-492,2015)
※7 「INFANTILE BOTULISM: A CASE REPORT AND REVIEW」(Nicole Brown at al,The Journal of Emergency Medicine 45 (6),842?845,2013)
著者: 古舘健(フルダテ・ケン)
健「口」長生き習慣の研究家。口腔外科医(歯科医師)。
1985年青森県十和田市出身。北海道大学卒業後、日本一短命の青森県に戻り、弘前大学医学部附属病院、脳卒中センター、腎研究所など地域医療に従事。バルセロナ・メルボルン・香港など国際学会でも研究成果を発表。口と身体を健康に保つ方法を体系化、啓蒙に尽力している。「マイナビニュース」の悩みを解決する「最強ドクター」コラムニスト。つがる総合病院歯科口腔外科医長。医学博士。趣味は読書(Amazon100万位中のトップ100レビュアー)と筋トレ(とくに大腿四頭筋)。KEN's blogはこちら。