若手のビジネスパーソンは悩みだらけ。「将来が見えない」、「自分が何に向いているか分からない」。自分の正解を探す人へ、人生のドン底を経験した元アイドルで今はライター・作家として活躍する大木亜希子さんが気になる本を紹介。この連載が不安な心を少し楽にしてくれるかもしれません。
以前、ある男性から"告白逃げ"をされたことがある。
「俺、お前のことが好きだ」
面と向かって、思いの丈を伝えてくれた俳優がいた。その人に対して私は、
「気持ちは嬉しいけれど、急な話で全く心が追いつかないのでちょっと待ってほしい」
と素直に伝えた。すると3日後、彼が私のもとを訪れて笑顏でこう言ったのだ。
「こないだのことは、忘れてほしい」
「え……? は、はい……」
こちらが言葉を失っていると、彼は意気揚々と言葉を続けた。
「俺、ほかの子と付き合うことになった~。なんかごめんね~!」
私はその不思議な現象に対してしばし首をかしげたあと、怒りを通り越して笑いが込み上げてきたのだった。もはや切り替えの早さを見習いたいものである。
彼の奇妙な点は、私の感情を抜きにして全て「独り相撲」をしている点である。
好き→告白した→相手からちょっと待ってほしいと言われた→それなら他の女性にいこう
そんな短絡的な考えは理解できなくもない。しかし、いくらなんでもスパンが短すぎる。
交際ないまま元カノになる
このエピソードには衝撃的な続きがある。それから数年が経ったある日、彼からこのようなメールが私のもとに届いたのだ。
「あの頃の俺らさ~、毎日バカみたいに笑って楽しかったよな。俺、あの頃から随分変わったよ。(以下、彼自身の近状報告が長々続き)ちなみに今は、この子が『俺のカノジョ』です。お前も頑張れよ」
そこには、ピンク色の服を着た「彼の子ども」だろう新生児の写真が添えられていた。ぷっくりとした丸いほっぺ。彼に似た垂れた目元。柔らかく濡れた唇。子どもに罪はない。しかし、その小さな生命体を見た私が、最初に抱いた感情は「カワイイ」より少しだけ先に、「アナタの中で、勝手に私が『元カノ枠』に入っていませんよね?」という疑問だった。
仮に、私たちに交際をしていた事実があるとするならば、激励の言葉やノスタルジーな思い出話を、時にはシェアしてもらっても構わない。しかし、一度も交際に至らなかった相手に対して、今の自分の生活をとうとうと語り、最後に「お前も頑張れよ」という言葉を唐突に投げかけてくるのは、いかがなものだろうか。
白目を剥きながら悟りの領域に達した私は、スマホで高速フリック入力をした。
「素敵な家庭築いて下さい」
絵文字ナシ。わずか11文字で返信する私に対して、彼はその後もしばらく「今日は寒いな」とか「今日はランチに海鮮丼を食べました」と俺通信を送ってきたのであった。
アーメン。
彼が私に対して行っているのは、非常に一方通行なコミュニケーションである。以来、私は精神的オナニーの被害に遭わぬよう細心の注意をはらい生きてきた。
「あなたはゴリラですか?」で始まる異質本
『読みたいことを、書けばいい。人生が変わるシンブルな文章術』(ダイヤモンド社)は、これまでの人生で、こうした理不尽な経験をしてきた全人類に読んでいただきたい本だ。著者は、大手広告代理店で24年間コピーライターとして勤務した後、現在は文筆家として活躍されている田中泰延さんである。
「あなたはゴリラですか?」という一文から始まるこの本は、従来の「文章術心得」とは異なる性質を持っている。
これだけは確信できるが、「あなたはゴリラですか?」という謎めいた一文を読んだ次の瞬間、もうあなたは田中さんの世界観に引き込まれていることだろう。
本著のメインテーマは、「文章を作る際、自分が読みたいことを書けば自分が楽しい。そして、その信念を貫けば他者にとっても魅力的な文章になっていくよね」ということである。「書くためのテクニック」を読者に伝える類の本ではなく、その代わり惜しみなく全編に渡ってシェアされているのは、 田中さん流の「書くためのマインドや考え方」だ。
「文章を書く以前に、ひとりの人間としてまずは面白いほうがよい」という根本的なことを、田中さんはユーモラスかつ本気で教えてくれる。
心に寄り添ってくれる数少ない本
ある項では、このような一文が続く。
「つまらない人間とはなにか。それは自分の内面を語る人である。少しでも面白く感じる人というのは、その人の外部にあることを語っているのである。」(142ページより引用)
私はこの一文を読んだ時、頭がもげるかと思うほど深く頷いた。そうか。私が未だ"告白逃げ"をしてきたあの男を許せないのは、彼が自分の内面ばかりを私にこすりつけてきたからなのだ。
さらにその項は、このような言葉で締めくくられている。
「事象とは、つねに人間の外部にあるものであり、心象を語るためには事象の強度が不可欠なのだ」と。
その強度を高めるためには、内面の吐露をするだけではなく、文章を書く際にしっかりとしたファクトチェックをすべきであるとも書かれていた。
他者とコミュニケーションを取る時も、多くの人々に読んでほしいテキストを書く時も、共通して最も重要なのはファクトである。では、実際にどのようなアクションを取るべきか……ということについては、ぜひ本著を読んでみてほしい。おそらく色々な意味で衝撃を受けるはずだ。
"人に感動を与えられるような、優れた文章を書きたい"と思う時、精神面においても実践面においても心に寄り添ってくれる本は少ない。その意味合いにおいて、本著は「自分よがりなマインドになってしまう人々」を明るく照らし、大いなるガイドの役割を果たしてくれるだろう。
そして、読み終わった頃には、「飾らないシンプルな自分」に出会うことができる。そんな自分になれたら、大急ぎでペンを手に取り、あなたは文章を書くべきだ。
あの日、私に告白逃げをしてきた男にもプレゼントしたい1冊である。切実に。