若手のビジネスパーソンは悩みだらけ。「将来が見えない」、「自分が何に向いているか分からない」。自分の正解を探す人へ、人生のドン底を経験した元アイドルで今はライター・作家として活躍する大木亜希子さんが気になる本を紹介。この連載が不安な心を少し楽にしてくれるかもしれません。
私は、自分に教養がないことにずっと劣等感を抱えていた。この感情に名前を付けるとすれば、「無教養コンプレックス」とでも呼ぶべきだろうか。
教養という得体の知れない存在について深く掘り下げる時、いつも自分の心の弱さが露呈してしまう。そして、その虚栄心を誰にも悟られまいとするあまり、わざと難しい言葉を使ってしまうのだ。
無教養な自分を変えたいと切に願う
昨年から立て続けに2冊の書籍を出版する機会に恵まれた私は、ありがたいことに多くのメディアから取材をしていただくようになった。
本を書いたとて、いきなり自分の教養が深まるわけでもないのに、そこから私はさらにギラつくようになり、エゴが炸裂するようになる。
まるで『情熱大陸』に出演できたような気持ちになり、取材中"ドヤ顔でろくろ回しポーズ"をしてしまうことも増えた。この「キングオブ・見栄っ張り」な性格をどうにかしたい。そして、本当は無教養である状況からなんとか脱したい。心からそう思った。
そんな気持ちを抱えていたある日、テレビを見ていたら、作家の古市憲寿さんが1冊の本を視聴者に勧めているのが目に入った。
『2020年6月30日にまたここで会おう』(星海社)という本である。私は、すがるような思いでその本をポチってみた。
古市さんが勧めているというのも気になったし、帯に『伝説の東大講義』と書かれており、この本を読めばインテリジェンスな気分が味わえるのではないかと目論んだのである。
京都大学で立ち見がでる人気授業
本著は、2012年6月に東京大学で行われた故・瀧本哲史氏による特別講義を書籍化したものだ。2時間にも及ぶ内容を、ほぼ文字起こししたような生々しさがある。
瀧本氏は東京大学法学部を卒業後、大学院をスキップして助手になり、その後はマッキンゼーに転職をしたという異色の経歴の持ち主だった。
またエンジェル投資家としても活躍し、京都大学で立ち見がでるほど人気授業を持っていたという興味深い方である。
講義の参加資格は29歳以下限定。
当時300人以上の若者が全国から集結したと書かれているが、はたしてアラサーの私が読んでもよいのだろうかと少々ビクつきながらページを捲る。しかし、読み進めていくうちに私はもはや年齢のことなど激しくどうでもよくなっていく。
寝食を忘れて本著に没頭し、気がつけば2012年6月にタイムスリップして瀧本氏の授業を受けていたのだ。
生き抜く知恵が一気に押し寄せる
冒頭、瀧本氏はブッダが弟子に伝えたとされる「わしが死んだら、自分で考えて自分で決めろ。大事なことはすべて教えた」という言葉を引き合いに出す。
そして、講義を受けている者に対して「他の誰かがつけてくれた明かりに従って進むのではなく、自らが明かりになれ」と言って突き放す。
「それなら一体どうしたら良いのよ」と途方にくれるが、そこからの心配は不要であった。
発言の重要な箇所に赤線を引いたり、メモしたりする暇がないくらい、猛スピードで「この資本主義社会を生き抜くための知恵」が説かれていくからだ。
瀧本氏は、アメリカの哲学者アラン・ブルームの言葉を引用して、教養というものをこのように定義している。
教養とは「他の見方、考え方があり得ることを示すこと」である。
私は、その文章を読んだ瞬間、これまでの悩みが解消されていくことに気が付いた。おそらく私は、これからも完全に自分の「無教養コンプレックス」が消えることはないだろう。
しかし、それでも独りでもがき続けていくことにこそ、「教養が磨かれていく」ヒントが隠されているのだという結論が出た。
自分の判断で前に進むことを教わる
本著では、今すぐ実践できるようなビジネス論や政治論についても深く語られているが、肝心なのはそこではない。それよりも私は、本著の根底に流れている「世界の若者に勇気を与えたい」という瀧本氏の祈りに似た強いエネルギーを感じ取った。
さらに8年前に行われた講義なのに、読んでいて「全く感覚が古くない」という点にも驚かされる。
もちろん当時のアメリカ大統領はオバマ氏であるし、大阪府知事は吉村洋文氏ではない。当時と今では、世界を取り書く環境は大きく変化している。しかし、本質的なことは変わらない。
むしろ2020年の今、ちょうど講義の内容と現代の課題が絶妙にクロスし、マッチするという不思議な現象が起こっており、まるでタイムカプセルみたいな授業だった。
最終的に本著は、「本を読んだ上で、何を実行するかが最重要なのである」という点に読者が着地するようにできている。
読了後、ひとつの宿題を瀧本氏から与えられた気がした。その宿題とは、私なりに解釈すると、こういうことである。
「この本の内容を今すぐ忘れろ。そして自分の判断で突き進め。もう僕には頼るな」と。
私は、瀧本哲史氏の冥福を簡単に祈ることができない。おそらく彼は自分の冥福以上に、今を生きる我々が世界を変えていくことを望んでいるはずである。
本著は今年4月の発売以来、オンライン書店で売り切れが続出している(※一部書店で購入可)。購入するのは至難の業かもしれないが、手に取るタイミングを見つけたら、迷わず読んでみてほしい。
少なくとも私は、世界が大きく変わろうとしているタイミングで本著に巡り会えた奇跡に、心から感謝したい。